2025年6月3日に亡くなった長嶋茂雄氏を偲び、同氏の第2次巨人監督時代を振り返った連載「ハダカの長嶋巨人」。常に話題の中心にいた「ミスター」を取り巻く人たちを含めた群像劇を、当時の東スポ巨人担当記者がつづります。

【ハダカの長嶋巨人#35・長嶋監督の巻】

 長嶋監督といえば、球界きっての「オカルト好き」としても知られていた。「オカルト」で聞こえが悪いというのなら「不思議な力」と言ったほうがいいかもしれない。つまりは「科学で解明できない不思議な力」が大好きで、これまでずいぶんと野球にも取り入れてきた。こちらとしてもその分野は大好きで、随分と関連取材をさせてもらった。

 まずは基本的には神社仏閣。遠征先での朝の散歩では必ずといっていいほどコースに取り入れ、勝利のお願いをする。有名なところでは「白いハトを見た。これは吉兆!」「これでシリーズは4勝2敗でウチが勝ちます!」との大予言から、その通りの結末となった1994年の西武との日本シリーズだろう。散歩コースの靖国神社の白いハトの存在を、もともと知っていたのでは…というのはこの際、言うまい。

ハトに餌をやる長嶋監督(1976年12月、皇居前)
ハトに餌をやる長嶋監督(1976年12月、皇居前)

 また、キャンプ地・宮崎神宮の宮司さんとは30年来の付き合いで「昔からよく説教されたもんです。あの宮司さんとはついつい話し込んじゃうんですよ」。キャンプでケガ人が出たりすると、その次の休日には必ずと言っていいほど、お払いを受けに行っていた。清原が自打球を立て続けに当てた99年のときもそうしていた。

 またある時は「気」の研究者と親しくなり、その人から「宇宙パワー」を遠隔操作で巨人に送ってもらっていたこともあった。私もその研究者のもとへ何度も取材に行き「気」について勉強させてもらった。いろいろな装置があり、100万円もするパワーストーンのたぐいは高額すぎて手が出せなかったが、当時は自宅のあちこちに長嶋監督と同じパワーシールを貼り付け、個人的にも運気上昇を願ったものだ。

 その「気」の研究者が極秘に呼ばれ、日本シリーズの選手宿舎にやってきた姿を見た時は、長嶋監督の「本気度」に驚かされた。あれも94年のことで、シーズン最終戦で足を故障した主砲の落合が、シリーズに出場できるかどうか危ぶまれていたところ。その落合の故障を、長嶋監督は「気」で治療させたのだ。結果、落合は第3戦からシリーズに出場できたのだから「気」の効果は証明されたことになる。

初の監督に就任した1975年、王貞治(右)とともに参拝する長嶋さん(1月、宮崎神宮)
初の監督に就任した1975年、王貞治(右)とともに参拝する長嶋さん(1月、宮崎神宮)

 もっとも古株の球団の人たちによれば、昔にはとんでもない「先生」がいて、骨折を瞬時に治してしまう能力のあった、チームかかりつけの達人がいたそうだ。実際、球界にはその手のにわかには信じられない話があまりにも多く、戸惑うことばかりだったが…。実際に取材を通じてそうした人たちと直に接することができたのは、幸運だったと思っている。

 ちなみに今も私のキーホルダーは「これであなたも札束のお風呂に入れます!」といううたい文句の雑誌広告につられて購入したトルマリン製。もちろん後悔はしていない。