プロ野球の現場に「挑戦する伝え手」がいる。ソフトバンクを追い続けて10年、タレント兼ホークスリポーターの上杉あずささん(34)は、一軍のスター選手だけでなく、育成や四軍の若手にも目を向ける現場主義を貫く。始球式で球速100キロを目指して肉体改造、さらに草野球チームを立ち上げ、女子野球クラブにまで入団するなど、取材するだけでなく自らも〝プレーヤー〟として野球に挑んできた異色の存在だ。その情熱の原点と、選手に寄り添う取材の裏側に迫った。

 ――ホークス取材で日々意識していることは

 上杉 選手の「人柄」まで伝えること。目立たない選手や育成選手にも目を配って、その魅力を伝えられるように心がけています。

ホークス取材中の上杉あずささん
ホークス取材中の上杉あずささん

 ――これまでで印象的なエピソード

 上杉 コラムで取り上げた育成選手のお母さまから「息子が元気にやっているのが分かって安心しました」とDMが届いた時は、本当にやっていて良かったと思いました。

 ――野球ファンだった子供時代から今の仕事まで一貫して野球が中心

 上杉 小学生の頃から「スポーツキャスターになって野球を伝えたい」という夢があった。高校野球が大好きで、大学時代は長崎の県大会を毎年のように見に行っていました。

 ――100社ぐらいアナウンサー試験を受けたとか

 上杉 はい。全国の局にエントリーしていた。結局、ご縁がなかったけど「野球を伝える」という目的をかなえるためにタレントからリポーターという道を選びました。

自身の硬式野球引退試合でソフトバンク・笹川吉康から三振を奪う上杉あずささん(本人提供)
自身の硬式野球引退試合でソフトバンク・笹川吉康から三振を奪う上杉あずささん(本人提供)

 ――始球式で球速100キロを記録したことが話題となったが、そこに至るまでは

 上杉 最初は70キロも出ていなかったけど、SNSで「100キロ投げたい!」って宣言した時から逃げ道はなくなりました(笑い)。当初は「絶対無理」と言われることも多くて正直すごく悔しかった。でも、できないことをやってみせたい気持ちが強くて。トレーニングも地道に続けて、肩甲骨を意識した動きとか、フォームの改善も試みました。プロ野球の世界には到底及ばないけど、自分の限界に挑戦するっていう意味では、あの100キロは一つの到達点だったと思ってます。

 ――達成の裏には、誰かの助言や支えも

 上杉 はい。和田毅投手から「肩甲骨に手を入れて、動きをよくするといい」とアドバイスをいただいて、それを試合前に実践しました。あれはすごく心強かったです。メモを取りながら、何をどう意識して投げるかも整理していて、精神的にも大きな支えになった。

 ――球速100キロを達成した瞬間の気持ちは

 上杉 うれしかったし、感極まって涙が出そうでした。でも、次に何を目指すかっていう前向きな気持ちもすぐ湧いてきたんですよね。

 ――野球との関わりはその後も続いている

 上杉 実は始球式の後、「ちゃんとチームに入って野球をしてみたい」と思い、草野球チームを立ち上げたんです。周りに教えてもらいながら野球を楽しんでいると、3年前、福岡に「九州ハニーズ」という女子硬式野球のクラブチームができたんです。30歳を超えてからでしたが、挑戦してみたくて思い切ってトライアウトを受けました。奇跡的に入団することができました。

 ――九州ハニーズではどんな経験を

 上杉 本当に厳しい世界でした。日本代表経験者が何人もいるようなチームで、私は唯一の未経験者。登板機会もあまり得られず、正直、悔しい思いもたくさんしました。でも「ならばこの環境で成長してやる!」という気持ちで、練習は誰よりもしました。3年間、本気で野球に打ち込みました。

 ――野球に対して、ここまでガチとは驚いた

 上杉 ポール間走は1日に最高24本とか走った日も(笑い)。体脂肪率も一時は15%近くまで落としました。下手くそなのは重々承知ですが、それでも絶対負けたくないという気持ちが強かったです。

 ――そんな日々を支えてくれたのが、パートナーの存在だった

 上杉 はい。夫は元独立リーグの野球選手で、私の挑戦にもすごく理解がある人です。夜に「今から走ってくる」と言っても「いいよ」って言ってくれるし、ご飯も掃除も一緒にやってくれる。心の支えです。

 ――ちなみに実家もガチだとか

 上杉 両親が福岡・うきは市で「サムタイム」という居酒屋兼バーをやっていて、父が作る、ふわっふわっのお好み焼きと「サムタイム・ナポリタン」は絶品です!

 ――ホークスリポーターとして選手にどう向き合っている

 上杉 自分も「使ってもらえなかった選手」なので選手の気持ちがよく分かるんです。だからこそ、リポートでは表面だけじゃなく、心の中や努力に目を向けたい。グラウンドの裏側にある思いを、少しでも多くの人に届けたい。

 ――これまで印象に残っている選手は

 上杉 笹川吉康選手ですね。入団当初から思い入れがあって、実は私の女子野球の引退式でも打席に立ってくれたんです。その時は三振を取ったけど、彼が〝最強の打者〟になった時に、もう一度対戦して今度はホームランを打たれたいって思っています。

 ――今後の目標

 上杉 ただ取材する側じゃなく、企画を生み出す側に回りたい。今は新たに立ち上げたメディアサイトの準備を進めていて、野球やアマチュアスポーツに光を当てる場にしたい。

 ――スポーツに打ち込む女子アスリートへのメッセージを

 上杉 あなたの努力をちゃんと見てくれている人はいます。すぐに結果が出なくても、自分が信じた道なら進んで大丈夫。誰かのためじゃなく、自分の夢のために挑戦し続けてほしい。

 ――最後に若者へ向けて

 上杉 自分の人生を通して年齢や経験を言い訳にしない姿を見せていきたい。私は運動が苦手だったけれど、夢を持って挑戦すれば、きっと道は開けます。だから、やる前から諦めないでほしいですね。

(インタビュー・霞上誠次)