〝黒のカリスマ〟蝶野正洋(61)と元暴走王・小川直也氏(57)が初コラボを果たした。2人の対談が、ユーチューブチャンネル「【公式】蝶野正洋チャンネル」と「小川直也の暴走王チャンネル」の合同企画として実現。リング上で一度も交わらなかった両雄が初めて同じ土俵に上がった。
蝶野がnWoジャパンを率いて世界を席巻していた1997年に、バルセロナ五輪柔道銀メダルの小川がプロに転向。同年8月10日の新日本プロレス・ナゴヤドーム大会でnWoのグレート・ムタが小川を迎え撃った際に、蝶野はムタのセコンドに就いた。ムタはデビュー4戦目の小川に力の違いを見せつけ完勝。小川は当時「プロ格闘家」を名乗っており、ケガで長期欠場中だった蝶野は「プロ格闘家の小川はとっとと新日本から去るべきだ」などと批判していた。
同31日横浜アリーナ大会で小川は、ムタ戦の雪辱をかけnWoのスコット・ノートンと対戦。蝶野はまたもノートンのセコンドを務め小川をかく乱したが、小川が変型三角絞めで勝利した。試合後は2人の師匠、故アントニオ猪木さんが、突っかかってきた蝶野に闘魂ビンタをくらわせてKOする一幕もあった。
これで猪木・小川の師弟コンビと蝶野nWoの抗争が本格開戦か…と思いきや、2人の対戦が実現することはなかった。蝶野と同じ闘魂三銃士の橋本真也と武藤敬司が小川と試合を重ねていったのとは対照的にゼロワンや新日本、旧IGFで絡むことはあっても、マッチメークの動きさえなかった。
2人をつないでいた橋本さんは2005年7月に死去。師匠の猪木さんも22年10月に亡くなり、両雄が顔を合わせるのは葬儀くらいとなった。小川氏は18年6月に引退したため、蝶野vs小川の実現には終止符が打たれた。不思議と〝縁〟がなかった2人だが、今回の企画で小川氏が都内の「アリストトリスト」を訪れて笑顔で対面。猪木さんや橋本さんの思い出を振り返り、爆笑トークの連続となった。
対談を終えた蝶野は、本紙の取材に応じ「もっと早く知り合いたかったよ。いろいろな障害、壁があったから。『一緒にできる人間ではない』と自分の中で線を引いていた」と、これまでの経緯を告白。その上で「逆に20年前、30年前に戻って組んでやっていたら、違う時代が生まれてたろうなという気がする。そっちも面白かったなと思う」と語った。
小川氏も「蝶野さんとオレとは路線が違ったからね。お会いしても社交辞令くらいで、きちんと話をしたこともあまりなかった。ただ、蝶野さんの発言はいつも的を射ていたし、嗅覚もすごかった。もっと違う意味で融合していたら面白かったんだろうな…とオレも思う」と話していた。
対談の模様は、それぞれのユーチューブチャンネルで近日中に公開される。












