新日本プロレス4日の後楽園大会で、IWGPジュニアヘビー級王者のエル・デスぺラードがクラーク・コナーズ(31)の挑戦を退け4度目の防衛に成功した。壮絶な死闘となった同王座戦史上初のハードコアマッチの意義と、デスペラードの思いとは――。

 反則裁定なし、凶器使用が認められる同戦は互いに譲らない意地の張り合いに。デスペラードはコーナー上から場外に設置されたテーブル上にスパインバスターを敢行すると、垂直落下式リバースタイガードライバーからのピンチェ・ロコで激闘に終止符を打った。

 業界盟主の新日本が変則マッチを行うたびに賛否の声が上がりがちだが、団体の歴史をひもとけば1978年2月のネイルデスマッチ(アントニオ猪木VS上田馬之助)を筆頭に前代未聞の試合形式はいくらでもあった。デスペラードは「あれって全日本プロレスが海外との強いパイプを持っていたから、新日本のベンチャー魂というか。俺の感覚で言うと、新日本って日本最初のインディー団体だと思っていて。だから『タイトルマッチでハードコアはいかがなものか』みたいなものは俺の中にはない。もちろんそれに危機感を持つ人が俺にレスラーとして物申してきて、イデオロギー闘争になるのは大歓迎」と自身のスタンスを示す。

 今回の試合形式はコナーズが提案したもの。受けて立った格好の王者だが「俺はハードコアやデスマッチが大好きだけど、やりたくもないヤツにやらせる気もないし。自発的にやるっていうのは基本的に考えてない。そもそも新日本で日常的にそれをやる必要はまったくなくて」と、特殊ルールの常態化には否定的だ。

 それでもハードコアマッチには特別な魅力と重要性があると信じている。デスペラードは「基本的には(プロレスを)広めたいわけだよ。でも会社が『プロレスを広めるんだったら、ハードな、デタラメなことはナシにしよう』っていうのは、俺は嫌。だってプロレスって暴力でしょ? それをどうエンターテインメントに昇華させるかが、俺らが普段練習しながら考えてることで。技術を高め合うのももちろん重要なこと。でもそれだけだと失われるものは必ずある」と持論を展開した。

 次期挑戦者にはメキシコ・CMLLのテンプラリオが名乗りを上げ、デスペラードも受諾。何ともふり幅の広い防衛ロードを歩むならず者が、ジュニアのベルトに独自の輝きをもたらす。