【キューティー鈴木・白い青春(6)】1986年8月17日に旗揚げするジャパン女子プロレスに同年3月に入門。旗揚げ戦に向けて、練習の日々が始まりました。最初は練習生が20人くらいいて、寮は6畳のところに3段ベットが3つ。朝6時に起きて寮のある護国寺から神楽坂や道場のある江戸川橋まで走って、道場に着くと受け身の練習。私とイーグル沢井は全然受け身が取れなかったから落ちこぼれ組に入れられました。
できる人たちがスパーリングやっている間、ずっと受け身の練習。焦りや不安もありましたね。それでも神取(忍)さんや風間(ルミ)さんも親身になって教えてくれて、感謝してます。それに山本小鉄さんとグラン浜田さんも練習を見てくださっていたんです。最初のころは尾崎魔弓とかエリート組にしか教えていませんでしたね。私はある程度、受け身が取れるようになってからデビューした後まで練習を見てもらっていました。
小鉄さんは「プロレスは殺し合いじゃないからケガをしてはいけないし、させてもいけない。だから、しっかり練習しなくちゃいけない」と言ってましたね。だから練習はすごく厳しかったです。スパーリングの途中で戸惑ったりする場面があると「そんな姿をお客さんが見たらどうするんだ!」って怒鳴られ、ビンタされたこともありました。いつも竹刀を持ってるし、怖かったけど、練習が終わるとまるで別人なんです。基本的にはかわいいおじいちゃん。優しくて、よく食事にも連れていってくれましたよ。
小鉄さんはいつも「人間は思いやりが大事だ」って言うんです。プロレスは信頼関係がないとできないもの。いつも試合や練習が終わった後は「みんな手をつなげ!」って輪になって「これからも頑張りましょう」って声をかけてくれてましたね。引退してからはお会いする機会はなかったのですが、現役のころは年に1、2回行われていた食事会で顔を合わせ「悩みはないか?」「今どうしてるんだ?」と気にしてくださいました。
あと小鉄さんは家族思いで、奥さんとお子さんのことをものすごく大事にしていたのは、とても印象的でした。いつも「今日は子供が生まれた日から何日目だ」と笑顔で話してましたね。あの時代はスマートフォンもないので、毎日数えていたみたいで「俺、数字に強いんだ」って言ってたのをよく覚えています。
小鉄さんと出会ってから私も「思いやり」という言葉は大事にしています。今自分が子育てをしていても、思いやりがある怒りだと、子供もちゃんと話を聞いてくれるけど、感情だけで怒ると絶対バレるし反抗するんです。なので小鉄さんの言葉は、これからもずっと思い出していくんだろうなって思ってます。













