【キューティー鈴木・白い青春(3)】小学3年だった1978年にテレビでプロレスを見て、全日本女子プロレスのビューティ・ペア(故ジャッキー佐藤さん&マキ上田)のとりこになりました。その後も全女がテレビでやっていると欠かさずに見てました。
そんな私に転機が訪れたんです。中学3年生だった84年7月、たまたま近所に全女が来ることがあって。友達が優待券をくれたので、仲が良かったプロレス好きの友人と2人で初めて生のプロレスを見に行ったんです。その時はクラッシュ・ギャルズ(長与千種&ライオネス飛鳥)のブームが来る1、2か月前だったので、近所の屋外駐車場みたいなところでお客さんも少なかったな。
当時、大森ゆかりさんが大好きでした。周りはみんな「クラッシュ・ギャルズが好き」って言う子が多かったけど。私は体も小さかったから大森さんみたいに大きくてパワーがあるような選手にあこがれたんだと思います。初めて生で見た大森さんがものすごい輝いてるように見えましたね。あの日、試合が終わった瞬間「プロレスやりたい」って友達に言ったら「私も!」って。同じことを思っていたみたいで。家に帰ってすぐお母さんに「私、プロレスラーになりたい」って言ったんです。母はそこまで本気だと思ってないし、なれるわけないって思ってたみたいで「いいんじゃない」って軽く返事されましたね。
それからは友達と2人でいろんなプロレス雑誌をチェックするようになり、試合も見に行くようになりました。他の友達は高校受験のシーズンだったけど、2人とも勉強もしないで技をかけ合ったりしてたかな。当時全女のオーディション規定が「身長160センチ、体重65キロ以上」。私の身長は155センチで細かったから、とにかくまず食べて太って身長を伸ばさなきゃって思って。いろいろやりましたよ。学校から帰ってきたら、お菓子とカップラーメンを食べて、夕食もご飯を何度もおかわりしてました。一日中食べて7キロぐらい太りました。あとは、雑誌の裏表紙に載っていた広告の「3か月で5センチ伸びる体操」っていう7500円もする本があってお年玉をかき集めて買ったんです。本を信じて毎日やってたけど身長は1ミリも伸びなかったな。
当時、毎年1月に全女がオーディションを開催していたので、7月からいろいろ準備し、あっという間に書類を出す時期が来てしまって。身長は伸びなかったし、ガタイを良く見せるために肩にタオルを詰めた写真を友達に撮ってもらって、送ったらたまたま合格の返事が来たんです。緊張しながらオーディションを受けに行ったんですけど、すぐ落とされちゃって「人生終わった」と思いましたね。













