巨人との契約を破棄し、中日に移籍した中田翔内野手(34)が新天地で精力的に汗を流している。日本ハムでプロ野球人生をスタートさせた大砲にとっては3球団目。2年連続最下位から「強竜復活」へ救世主としても期待されるが、昨季は右太もも裏の肉離れや腰痛に見舞われた。再スタートを切った中田を日本ハム時代の〝恩師〟でもある柏原純一氏が直撃すると、変わらぬヤンチャぶりをのぞかせつつひと回り成長した姿を見せつけた。

【柏原純一「烈眼」】久々に元気な顔を見られて私もうれしかった。出場機会を求めて中日に移籍したプロ17年目・中田翔のことだ。北谷キャンプを訪ねると、立浪監督の計らいで練習中の彼のところに招かれた。

 私に気づいた彼は「まだ生きてたんですか?」とニヤリ。笑みを浮かべながら手を差し出してきた。私も心得たもので「お前、金髪はアカンやろ!」と毒舌で返し、久しぶりの握手を交わした。もちろん、そんなやりとりも、過去に上司と部下の関係ながら同じユニホームを着て戦ったからこそ言える〝ブラックジョーク〟だ。

 彼とは私が日本ハムの一軍打撃コーチだった2014年から2年間、一緒に過ごした。当時、彼はすでに不動の4番打者でその14年から3年連続で100打点。若くしてキャリアの絶頂期を迎えていた。

 ただ、彼は並の強打者ではない。野村克也さんに始まり、落合博満など多くの右の強打者を見てきた私も、いずれ球史に名を残す特別な打者になると思っていた。だからこそ、口うるさいことも度々言った。老婆心ながら彼の将来を思い、苦言も多かったと記憶している。当時の彼はすでにタイトルホルダーだっただけに、時に私は〝疎ましい存在〟だったと思う。実際に何度もぶつかった。

 再会の第一声は、そんな当時のやりとりをお互いに懐かしむ空気さえあった。とはいえ、打撃の話になると、やはり幾多の経験を積んできただけのことはある。打撃投手の球を丁寧に右方向へはじき返していた。バットの軌道にこだわったスイングで、力任せに振り回していた日本ハム時代とは練習でのアプローチも随分と変わっていた。

 それを指摘すると彼は「僕も大人になったんですよ」と柔和な表情で返してきた。新たな本拠地・バンテリンドームは、日本ハム時代の札幌ドームと同様に本塁打が出にくい球場でもある。今年4月で35歳。「衰え」とも向き合い続けなければならない年齢に差し掛かっていることもしっかり把握していた。

走塁練習する中田翔
走塁練習する中田翔

 実際、昨季までの巨人時代もシーズン中にコンディションを維持するため、打撃練習後に外野でショートダッシュをして体に「キレ」をつくることを意識していたそうだ。日本ハム時代はとにかくランニングが大嫌い。そんな彼も「何のために走り、なぜキレがないとダメなのか」を頭と体で理解したからこそ、あえて自分の体にムチを打つようになったのだと思う。

 本塁打や長打は「力」ではなく「技術」で稼ぐもの。彼の出来は就任3年目の立浪政権の行方を大きく左右するはず。必要としてくれた新しいボスのためにも、自分のためにも、ぜひもうひと花咲かせてもらいたい。