【赤ペン!特別編・赤坂英一】新井貴浩監督をはじめ広島カープの選手、コーチは今オフ、大忙しだった。連日県内各地でイベントに参加し、地元ファンを盛り上げていたのだ。
呉市で開かれた無料の新井監督のトークショーには1600人の観衆が集結。2024年に期待している選手は誰か、とファンに質問されると、新井監督はキッパリと答えた。
「若手では小園(海斗)に期待しています。もっと成長してチームを引っ張る存在になってほしい」
23年、小園は新井監督に1番遊撃で開幕スタメンに起用されながら、打撃不振で4月に二軍降格。しかし、7月から一軍に復帰すると、遊撃の定位置を確保し、打率2割8分6厘、6本塁打、31打点、8盗塁の好成績をマークしている。
その小園の新人時代と新井監督の現役時代には、実は意外な共通点がある。打撃は勝負強い一方、守備ではここぞという肝心の場面で痛い失策を犯したことだ。
小園はルーキーイヤーの19年6月、1番遊撃で初スタメンに抜てきされた試合で初失策。そこから3試合連続でエラーしてしまい、4試合3失策を記録した。うち2失策が失点にからみ、試合も2連敗。
小園は肩が強く、守備範囲が広いため、積極的に打球を捕りにいってエラーしてしまう傾向が強い。が、レギュラーとなった21年10失策、22年13個と2年連続で2桁失策を記録。まだまだ改善の余地アリだろう。
新井監督の選手時代の失策数は小園よりももっと多い。現役生活20年で2桁失策が7度あり、うち3度がリーグ最多。通算では三塁139失策、一塁35失策、外野1失策と175個に上る。
当時、そんな新井に手取り足取り、守備を教え込んだのが、広島の内野守備走塁コーチだった山崎隆造氏(現解説者、崇徳高野球部総監督)だ。拙著『プロ野球二軍監督』(講談社)の取材で、その苦労話をじっくりと聞いたことがある。
「昔の新井はとにかく不器用でね。最初はハシにも棒にもかからないと言うか、チームで年間100個ぐらいエラーすると、その4分の1を新井がひとりで稼ぐんやから。そりゃこっちも一生懸命教えましたよ」
そう語った山崎氏が内野守備走塁コーチを務めたのは01~05年の5年間。その間、新井の失策数は一時は3個まで減ったが、05年にはリーグ最多で自己ワーストの21失策に上った。
「それでも、新井はへこたれなかった。たたかれてもたたかれても、はい上がってきましたね」
山崎氏の熱心な指導が実ったのは、皮肉にも新井が阪神にFA移籍した08年。一塁で初のゴールデン・グラブ賞を受賞した新井は、山崎氏に電話してこう言った。
「昔はご迷惑をおかけしました。山崎さんには受賞を直接報告しないといけないと思い、電話させていただきました」
その新井に、山崎氏が口を酸っぱくして言い聞かせたことがある。
「どこに何のヒントがあるかわからないのが野球じゃ。例えばコーチだけでなく、裏方さんの一言に大きなヒントがあるかもしれん。今わからんでも、何年後かに、あっ、昔あの人が言ってたのはこういうことか、とわかる日が来るかもしれん。だから引き出しはいっぱい持っとけよ」
今の小園にも覚えておいてほしい言葉だ。












