燃える闘魂と〝悪の天才〟の本当の関係とは――。3~15日に東京・京王百貨店新宿店で、「アントニオ猪木 80thANNIVERSARY『燃える闘魂・アントニオ猪木展』」が開催される。京王百貨店とともにイベントを共催する猪木元気工場(IGF)の宇田川強取締役が、昨年10月に死去した猪木さんとの秘話を振り返った。
2005年からマネジャー兼運転手だった宇田川氏は、猪木さんが立ち上げた旧IGFでも猪木さんを支えた。猪木さんは10年3月に世界最大のプロレス団体「WWE」(米国)の殿堂入り。アリゾナ州フェニックスで行われた殿堂入り式典に宇田川氏も同行した。
一方、「ストロングスタイル」を旗印に新日本プロレスを創設した猪木さんは、かねてWWE嫌いを公言。自身が活躍した1970~80年代と違い、エンターテインメント路線に移行していたWWEマットに対し、決して良い感情を持っていなかった。だが宇田川氏によると、「スタイルは違うけれど、会社、ビジネスの規模感においてはビンスには一目置いていましたね」と証言する。
現会長のビンス・マクマホン氏は昨年の不倫スキャンダルなど紆余曲折ありながら、現在まで「スポーツエンターテインメントの帝王」「悪の天才」として君臨。今年4月には米総合格闘技イベント「UFC」との経営統合まで主導した。WWEを世界規模の団体に押し上げた手腕には敬意を表していたという。
「僕しか見ていないと思いますが、殿堂入り式典で、(ステージの)袖でビンスと猪木さんが話していました。しかもビンスがインカムをつけて猪木さんに『出番ですよ』とか、立ち位置とかを指示していたんです。貴重なシーンだなあ、と見ていました」
その上で〝水と油〟とされた2人の関係について「悪くないと思いますよ。セレモニー前のリハーサルでも話をしていたし、最後に出る時も話し合っていましたしね」。
猪木さんの殿堂入りを決定したのは、ビンス氏自身とされている。プロレス観こそ全く違えど、プロレスの歴史を変えた2人には相通じるものがあったということだ。













