側近が見た燃える闘魂の〝最期〟とは――。8月3~15日に東京・京王百貨店新宿店で、「アントニオ猪木 80thANNIVERSARY『燃える闘魂・アントニオ猪木展』」が開催される。京王百貨店とともにイベントを共催する猪木元気工場(IGF)の宇田川強(つよし)取締役が、昨年10月に死去した猪木さんとの秘話を振り返った。

 新日本プロレスの社員だった宇田川氏は、2005年からマネジャー兼運転手として猪木さんを支えた。猪木さんは07年に旧IGFを設立したが、宇田川氏は「全然声がかからなくて…。設立前日になって『(退職届を)出しとけよ』と。でも新日本の仕事が残っていたので、辞めた翌日も後楽園ホール大会に行きました」と苦笑いする。

 IGFでも行動をともにした後、猪木元気工場にマネジメントが移行された今年からは猪木さんの〝最期〟と向き合った。その猪木さんは10月1日に死去。宇田川氏には猪木さんとの会話で、強く印象に残っていることがあるという。

猪木さんとの思い出を語ったIGFの宇田川強取締役
猪木さんとの思い出を語ったIGFの宇田川強取締役

「会長(猪木さん)と僕らで、どう〝エンディング〟を迎えるかバカ話をしたことがあるんですが、『地球上でお墓を作る人はたくさんいても、月をお墓にする人はいない』と」

 猪木さんらの〝仰天計画〟では…月に旅行して猪木さんだけ、一人取り残される。どこかで見たSF映画のラストシーンをほうふつとさせる状況となり、月で最期を迎える。それ以降、地球の人々は月を見上げるたびに、ウサギさんではなく猪木さんのことを思い出す――。

 闘病中であっても、いかにも猪木さんらしい発想。「あの体で月に行くことは実際無理なんですが…すごい発想だなと。とんでもない、仰天プランですよ」と宇田川氏は笑みを浮かべた。