【鈴木平 超二流~花の咲きどき~(15)】連日になりますがドラフト同期で4つ年上の長嶋一茂さんの話を続けたいと思います。

 一緒にプレーした思い出もあるんですが、今回はそれはもうひどかったエピソードをご紹介したいと思います。

 あれは都内で一、二軍の試合が同日開催された時だったと記憶しています。場所は東京ドームでイースタン・リーグの巨人―ヤクルトでした。
 その試合は僕が先発でした。カズちゃんはサードを守っています。それで1イニングに2つ、3つとエラーを重ねて、僕のところまで歩み寄ってきました。

 何を言うのかと思ったら「よし、まだまだ。元気出していこう」って。いやいやいや、僕じゃないでしょって話ですよ。

 しかも、あんなに守りやすい人工芝のグラウンドでどういうことなの、と思ったものですが、そんな感じのおおらかな人でした。

 本当は一茂さんみたいな人が増えた方が、地球は平和になるかもしれません。

 野村監督時代、一茂さんはファームの試合にちょっと出てこいと言われて、朝が早いのが嫌だったんでしょうね。もう、デーゲームではベンチで寝てたりもしてました。

「何かあったら起こしてくれ」とか言ってね。ヤクルト二軍の戸田グラウンドではそんなことも行われていました。

 僕が5、6年目になるころには、僕の寮の部屋がファームで調整するベテラン選手の集合場所みたいになっている時期がありました。

 投手では高野光さん、荒木大輔さん、宮本賢治さんらが来られて、それで一茂さんも来るわけですよ。

 そしたらなぜか盛り上がって、鍋パーティーをやろうというノリになるわけです。独身寮の一室ですよ。部屋には本格的なキッチンなんてないですし、大男が集まると狭いんです。

 どうやって鍋パーティーを開催するんだとなったときですよ。一茂さんが「ちょっと俺に任せておけ。長嶋家特製の『石鍋』を作ってくるから」と席を離れるわけです。

 しばらく待つと、学校給食の調理で使うようなどデカい寸胴鍋に、本当に鍋を作って持ってくるんですよ。確か「石鍋」と言っていたと記憶しています。どんな鍋かは説明できないんですが、とにかくものすごくおいしかったです。

 その当時は二軍トレーニングコーチに土谷和夫さんという方がいたんです。この方は陸上の長距離選手で東京五輪にもエントリーされたアスリートです。ヤクルト陸上部監督を務めた後、根本陸夫さんの導きで西武のトレーニングコーチも経験された方です。

 この方がとにかく面白い方でオリエント・エクスプレスの異名を持つ西武・郭泰源さんのエピソードをよく話されていました。その土谷さんもコーチの立場ながら「よし一緒にやるぞ」と鍋を囲んだ仲間でした。

 テレビで活躍するカズちゃんを見ていると、いろんな思い出がどんどん湧き出して本当に語り尽くせないですね。