1980年代中盤の全日本女子プロレスでアイドル的人気を誇ったのが「ゴンゴン」のニックネームでファンから愛された小倉由美だ。
160センチと小柄な体ながら勝ち気なファイトは見る者を引き付けた。デビューは83年。入門して間もない時期にそのルックスがテレビ関係者の目に留まり、TBS系ドラマ「輝きたいの」にレギュラー出演を果たすという異例の抜てきを受けた。
86年からは同じくアイドル的人気を誇った1年下で空手ファイトを得意とした永堀一恵と「レッド・タイフーンズ」を結成。同年2月には新設された全日本タッグ王座決定戦でブル中野、コンドル斉藤を破り、初代王者組となる。
87年4月には宇野久子(現・北斗晶)、堀田祐美子からWWWA世界タッグ王座を奪取。「ポスト・クラッシュ」の1番手に躍り出た。この試合ではセカンドロープからのパイルドライバーで宇野が頸椎を骨折。引退寸前の長期欠場に追い込まれる有名なアクシデントも起きている。
レッグラリアート、ブリッジの利いたジャーマンなどを武器に88年1月にはブル中野を破り、全日本シングル選手権を奪取。シングルプレーヤーとしての地位も確立した。相棒の永堀は88年5月にわずか4年のキャリアで引退したが、その後はパートナーを小松美加に代えて「カルガリー・タイフーンズ」を名乗ってタッグ戦線で活躍した。
88年8月には堀田祐美子、西脇充子の「ファイヤー・ジェッツ」から、WWWA世界タッグ王座を奪取して再びタッグの頂点に返り咲くも、89年3月にクラッシュギャルズに王座を奪還されて、世代交代を阻まれた。90年12月には同期のブル中野と引退試合を行い、リングに別れを告げたが、91年3月に覆面レスラー「ハイパーキャット」として復帰。約1年間、活躍した。
翌年に再度引退すると2004年に老舗天ぷら店の2代目と結婚。3人の子供にも恵まれ、美人のおかみさんとして店を支えている。













