“炎の飛龍”ことドラディションの藤波辰爾が団体設立15周年記念ツアー初戦(30日、東京・後楽園ホール)で、新日本プロレスのIWGPジュニアヘビー級王者・高橋ヒロムと初対決する(藤波、船木誠勝、新崎人生組対越中詩郎、ヒロム、AKIRA組)。

ブリットのエルボードロップをかわす藤波。スピードが違った
ブリットのエルボードロップをかわす藤波。スピードが違った

 ヒロムは4日大阪城ホールでIWGP世界ヘビー級王者のSANADAに挑戦して惜敗したばかり。ジュニアとヘビーの垣根を越えた先駆者であり、かねてヒロムから対戦を熱望されてきた藤波は「最初はリップサービスだと思ったんだけど、まんざらじゃなかった。僕が最初に(アントニオ)猪木さんと試合をしたいと思い始めたころを思い出した」と語った。

 日本にジュニアというジャンルを確立させた後にヘビー級に転向した藤波と、現在のジュニア最強・ヒロム。胸躍る初遭遇となるが、藤波は1978年1月にニューヨークのMS・GでWWWF(現WWE)世界ジュニアヘビー級を奪取。ドラゴンスープレックスで世界中を驚がくさせて一大ブームを呼び、通算52回防衛の偉業を達成した後、ヘビー級転向のため81年10月に同王座を返上した

 藤波がヘビー級転向初戴冠を果たしたのは、くしくもジュニア奪取と同じMS・G。海外遠征でヘビー級としてレベルを上げると、82年8月30日にWWFインターナショナル王者のジノ・ブリットに挑戦する。本紙は1面でこの試合の詳細を報じている。

『5年前、ここマジソンでベルトを頭上に高くかざした男・藤波が、今度はさん然と輝くヘビー級のベルトを獲得した。胸がひと回り大きくなった筋肉を誇示してリングに立った藤波に、1万2000人の大観衆から「ウェルカム・ドラゴン」のコールが巻き起こった。リングサイドでは新婚のかおり夫人がじっと目をこらす。王者は希代のテクニシャン、ブリット。開始からレッグシザース、スリーパー、アームシザースと藤波の攻勢が続く。エプロンに逃げた王者に至近距離からドロップキックを放つと、ヒラリ宙を飛んだドラゴンの右足は王者の後頭部をえぐった。これはあの猪木が切り札にする延髄斬りか。ドラゴンは間違いなく成長した。右腕を高く天に突き上げてフィニッシュを予告。藤波はブリットの両腕を抱えると、後方へ反り返る。王者は脳天からマットにのめり込んだ。鮮やかなドラゴンのブリッジ。飛龍原爆固めは芸術的フィニッシュのシルエットを映し出して藤波は12分39秒、見事ヘビー級のチャンピオンとなった。ドラゴンは5年間を経て、また新しい歴史をMS・Gにしるした。藤波は「うれしいですね。目的がかなえられた。このベルトを持ってヘビー級のファイトはこれだ、と国内で全力投球します」と語った』(抜粋)

 くしくも王座戦の前では当時大ブームを巻き起こしていた初代タイガーマスクが、藤波が返上したWWFジュニア王者として宿敵ダイナマイト・キッドを退けてMS・G初勝利を挙げており、何か運命を感じる。

 藤波はこのベルトを手に9月に凱旋帰国。10月には“革命戦士”長州力のいわゆる「かませ犬発言」を発火点に、同王座をめぐり、84年まで「名勝負数え唄」と呼ばれる歴史に残る抗争を展開した。長州が初めて藤波からフォールを奪って王者となった試合(83年4月3日、蔵前)は同年の東京スポーツ新聞社制定「プロレス大賞」ベストバウトに選ばれた。

 ジュニアとヘビーで頂点を極めた藤波が、ヒロムに2階級制覇を勧めているのも当然かもしれない。6人タッグ戦とはいえ、両雄の激突は新日本プロレスのヘビーとジュニアの歴史が凝縮したものとなりそうだ。 (敬称略)