【平成球界裏面史 松井ジャンプ編】巨人、ヤンキースなどで活躍した「ゴジラ」こと松井秀喜が「最も記憶に残っている試合」と語るのが、平成15年(2003年)10月16日に行われたアメリカンリーグ優勝決定シリーズ(ALCS)第7戦。この年のワールドシリーズ進出を決めた試合だ。
伝統のライバル球団でもある、ヤンキースとレッドソックスがこの大舞台で激突。ヤンキースが第5戦までに3勝2敗と先に王手をかけるも、第6戦はレッドソックスが制し、決着は3勝3敗で最終決戦の第7戦にもつれ込むという大熱戦となった。
ヤンキー・スタジアムの熱気も相当なもの。だが、試合は序盤からレッドソックス優位の展開で4回の時点で0―4。そこから5回と7回に1点ずつを返して2―4とするも、8回に1点を追加され2―5。しかも相手のマウンドには当時のMLBを代表する右腕のペドロ・マルティネスが立っている。そんな中、終戦濃厚で迎えた8回裏の攻撃だった。
「どうやらワールドシリーズには行けそうにないな…」。記者席では自分を含めた複数の日本人記者たちが、帰国日を早めることを考えていたところ。しかし、先頭のニック・ジョンソンが遊飛に倒れた一死後から劇的展開が待っていた。
二塁打で出塁したデレク・ジーターが、続くバーニー・ウィリアムスの中前適時打で生還し、まず1点を返すと、松井も二塁打で続いて一死二、三塁。ここでホルヘ・ポサダの打球が中前に落ち、ウィリアムスと松井は相次いでホームへ。ついに同点! 次の瞬間、スライディングを決めた松井が、両こぶしでガッツポーズをしながら高くジャンプしたのだ。
思えば巨人入団1年目から番記者として松井を取材してきたが、ここまで感情を表に出してプレーする姿は、見たことがなかった(巨人時代にサヨナラ勝ちのヒーローに喜々としてカンチョーする姿は見たことがあるが…)し、派手なガッツポーズが似合うキャラではなかった。
どちらかといえば淡々とプレーするスタイルで、実際、あのころの松井がよく使ったフレーズに「自分のコントロールできない問題は、あれこれと考えても仕方がない。どうしようもないですから」という言葉があった。これは「自分のやるべき準備をして試合に臨むだけ」というルーティンを確立することができれば、動揺したり緊張して固くなったりすることもなく、あらゆる場面に対応できる。そういう境地に至ったことを語っており、感情を表に出すことをあえてしないようにしていたわけだ。
自分がどうすることもできない問題に腹を立てたり悩んだりせず、黙々と、自分にできる準備をして、結果に一喜一憂しない。それなのに…。メジャーという最高峰の舞台で成功するために押し殺していた感情が、あの場面ではどうしようもなく噴き出てしまった格好だ。
野球をはじめたばかりのころは、キャッチボールだけでも緊張し、ボールが取れただけでうれしい。そして練習してプレーが上達すれば、いつの間にかそれが当たり前になり、さらには日本のプロ野球でホームランを打つのが当たり前になって、そしてメジャーへ…。確かに大きな成功をつかむためには、一喜一憂しないことも必要なのかもしれない。
ただ、封印していた気持ちを爆発させてしまったあの試合からは、松井の最高にうれしい気持ちがダイレクトに伝わってきた。「がらにもないことしちゃったよ」。いやいや、だからこそ見る人たちの心を動かす名シーンになったんだと思う。

















