【俺のWBC#10=ヤクルト・松元ユウイチコーチ】2013年の第3回WBCに、ブラジル代表として出場したのがヤクルトの松元ユウイチ(現作戦コーチ)だ。
ブラジル・サンパウロ出身の日系ブラジル人で、日本とブラジルの両国籍を持つ松元は、選出が決まった時「緊張や不安はなかった」と明かす。「正直、ブラジルは野球がメジャーな国ではない。重圧はあまり感じず、率直に国を背負って戦えることがうれしかった」と当時を振り返った。
ブラジル代表は第1回、第2回WBCは不参加だったが、初めて出場した第3回WBCで予選を突破し、本戦となる第1ラウンド進出を決めた。野球に関しては発展途上国だったブラジルが、そこまで力をつけることができたのは、当時、代表チームの主将を務めた松元が、日本の野球を参考に突破のカギをつくったことにある。
「予選にいった時に守備からリズムをつくって攻撃につなげるといった、日本の守る野球を常に意識して練習していました」
さらに「足速い、遅いに関係なく相手にスキがあったら、常に次の塁を狙うことは徹底していた」と日本特有の足を使った機動力のある戦術も取り入れたという。
「僕だけでなく、何人かNPBでやってた人もいましたが、その中でNPBを一番経験したのは自分だったので。少しでもチームを引っ張って貢献してやろうという気持ちはあった」
13年は松元にとってNPBで12年目のシーズン。若松、古田、高田、小川監督のもとで一軍戦力としてプレーした経験を生かし、代表チームのレベルアップを図っていった。
しかし、他国での野球経験がある選手たちばかりだったからこそ「(代表の)ほとんど半分は日本でプレーしたことのある選手、半分はアメリカでプレーしていた選手だった。そこをマッチさせるのが難しかった」という。
「二死走者二塁。外野からバックホームする時にブラジルは(中継プレーではなく)一人で投げなさいとか。日本では(中継プレーをして)低めに送球して走者を次の塁にいかさない考えが普通」と日本の野球に慣れていた松元は「考え方の違いに『ん?』って思うこともあった。いつも低く低く!って叫んでいた」
そういった考え方がチームでなかなか一致しないことが大変だったという。それでも短い期間のなかで根気強くチームをまとめていった。
そんな中、予選を3連勝で勝ち上がり、迎えた東京ドームでの本戦では4番に座った。第1ラウンド初戦の相手は日本。
「正直、やりづらかった。そもそもキャッチャーが相川さんだった」
ヤクルトでチームメートの相川亮二を意識しすぎてしまったという。
「投手と勝負することができなかった。捕手として後ろに座っていた相川さんのことばかりを気にしてしまって。僕のことを知ってるから、こういう配球するんじゃないかなとか考えてしまった。WBCで一番後悔していることです」
代表入りに際してはプレッシャーを感じなかったと言いながら、主将と4番を務めた松元。サポートしてくれたのは、自身と同じタイミングでヤクルトへ野球留学で入団し、プレーしたツギオ佐藤の存在だった。
「ツギオとは高校の時から、ずっと一緒に野球をやってて。2人とも選ばれた時はやっぱり楽だった。夜は2人でコンビニ行ったりだとか、常に一緒だった」
現在でも「練習の指導の仕方だったり、メニューのことを相談するために連絡をとることもある」と〝相棒〟との関係性は続いているという。
今回のWBCは予選で敗退し、本戦出場がかなわなかったブラジル代表。今後は、NPBの監督代行も務めるなど指導者経験も豊富で、代表入り経験もある松元が、首脳陣としてブラジル代表チームに招かれることもあるだろう。
「もしブラジルの方から声をかけてくだされば、それはぜひとも。ブラジルには感謝の気持ちがある。この国もここまで野球がやれるんだぞってところを世界に見せたい」
いつの日かWBCの舞台で、ブラジル代表・松元ユウイチ監督と日本代表・高津監督の戦いが見られる日が来るかもしれない。














