【俺のWBC#8=巨人・亀井善行コーチ】巨人・亀井善行外野手(40=現一軍打撃コーチ)は2009年大会に「スーパーサブ」として出場し世界一に貢献した。当時はまだプロ5年目。レギュラーとして定位置を確保できておらず、代表入りが決まるや容赦ないバッシングにさらされた。葛藤を抱えながら日の丸を背負い、控え選手として出場した調整の難しさ、そして憧れのイチローとの出会い…。その特異な経験を振り返る。

 亀井のWBCはすさまじい逆風との戦いから始まった。

「実績もないのに選ばれるのは嫌というか申し訳なかったです。僕の代わりに落とされた選手がいるわけじゃないですか。松中(信彦、当時ソフトバンク)さんや和田(一浩、同中日)さんたちが漏れたんですよ。あんなにすごい選手が落ちて、自分が選ばれるのかと…ツラかった」

 侍ジャパンを率いた巨人の原辰徳監督は、亀井を抜てきした理由を当時は本人にも伝えていなかった。そのため世界一に向けて一丸となって戦うはずが、ワケも分からず他球団のファンから「巨人びいきだ」などと猛反発を食らった。

「(選考理由を知ったのは)何年も後ですから。最初はヤジも本当にすごかった。壮行試合とか、僕がイチローさんの後に出たわけですからね。みんな選ばれた理由を知らないわけだから言われても仕方ないですけど、あれはツラかったですね。『日本人、応援してくれよ』とも思いました。でも、嫌とも言えないし、周りに文句を言われても胸にとどめておくしかなかったです」

 さまざまな思いを抱えながら、控えの立場で迎えたWBC本番。試合前の打撃練習は時間が制限され、主力勢が優先のため、数分間で調整を終わらせる必要もあった。

「もちろん主力が先に打つし、僕らは残った時間でパパッと打つだけ。コンディショニングなんて、そんなカッコいいことは思ってもいなかったですね。実績がなかったのでそんな余裕もないし、スケジュールをこなしただけ。ボールボーイと雑用係で行ったようなものですから」

 結果的に出場したのは計3試合で2打席。左翼の守備固めと代走、途中出場からの左前打と送りバントだった。ベンチを温める時間も長かったが、WBCの雰囲気はやはり別格だった。

「試合に出ていないのにベンチで座っているだけで緊張するというのはなかなかない。勝てるか、勝てないかという緊張感。準決勝、決勝まで行くと負けたら終わり。ベンチからすごく応援したし、あの時のチームは一つでした」

 試合での出番は少なくても、国際試合ならではの出会いがあった。当時マリナーズに所属していたイチローには、肩の強さからキャッチボール相手に指名された。

「衝撃でした。全てが衝撃でしかなかったです。キャッチボールの1球ごとの重さが違った。『本当に同じプロなのか』と思った。自分が未熟だなというのはものすごく感じました」

 それだけではない。超ストイックで知られたイチローと身近に接し、大事なことを学んだ。

「グラウンドに出たら全てが全力でした。それは裏で準備をしていたから。バーンとグラウンドに出てきて、いきなりダッシュをするし、キャッチボールもいきなり塁間(の距離から)。そういう準備の仕方とかは学びました。(野球人生の)プラスにしかならなかったですね。目標であり、好きな選手でしたし」

2019年、開幕戦のため来日したイチローと談笑する亀井
2019年、開幕戦のため来日したイチローと談笑する亀井

 イチローは決勝の韓国戦で延長戦の末に起死回生の決勝打を放ったが、大会期間中に絶不調だった姿は今でも脳裏に焼きついている。

「マネはできなかったけど(イチローも)人間なんだと思った。メンタル面も含め、プラスにしかならなかった」

 今回もダルビッシュ有や大谷翔平、鈴木誠也らメジャーリーガーが参戦する。WBCを機に日本球界のさらなる底上げにつながる舞台となりそうだ。