【門倉健 7球団奮投記~行けばわかるさ~(5)】 僕がいた東北福祉大野球部は1990年代の10年間でプロ野球選手を22人も輩出。「プロ野球選手養成学校」とも言われていました。
僕の2学年先輩には93年ドラフトで日本ハムから1位指名された関根裕之さんと巨人に1位指名された三野勝大さんというすごい投手2人がいました。ブルペンでは2人とも140キロ台後半のボールをビュンビュン投げている。「こういう人がプロに行くんだろうな」と思って見てました。
僕にとってラッキーだったのが寮では関根さんと同室になったことでした。下級生は部屋子といって同室の先輩の身の回りの世話をいろいろとしなければならないのですが、関根さんはすごく優しい方でストレスを感じるようなことはありません。しかも投球フォームや変化球、どうすればコントロールが良くなるかなど適切なアドバイスをしてくださるので本当にありがたかったです。プロに入るときには大学時代に使っていたグローブをくださったりと本当にお世話になりましたね。
そしてもう一人、1学年上に「すごい人だ」と思わされた先輩がいました。それが後に西武、中日で通算2050本の安打を記録し、名球会プレーヤーとなった和田一浩さんでした。和田さんのポジションは捕手でしたから僕が3年で主力投手となってからはバッテリーを組むようになりました。すごく温厚な方で僕は和田さんに怒られた記憶がまったくありません。和田さんは4年生のときにキャプテンに就任されたんですが、みんながやりやすいようにと周囲に気を配る人で部員みんなから信頼されていましたね。
そして何よりもバッティングがすごかったんです。パワーも技術もあってバットのしなりをうまく使って打球を飛ばす。とにかく他の選手とは打球の速さが違っていました。東北六大学のリーグ戦でも打ちまくっていましたから当然、僕はプロに行くものだと思っていました。
ところが94年のドラフトで和田さんはどこからも指名されなかったのです。「和田さんほどの選手でもプロに入れないんだ…」。改めてプロ野球選手になるということがどんなに難しいことなのかを思い知ることになりました。
和田さんは東北福祉大を卒業後、社会人野球の神戸製鋼に入り強打の捕手として活躍。96年ドラフトで4位指名を受けた西武に入団されました。僕は後にプロ野球で和田さんと対戦することになるのですが、技術とパワーにさらに磨きがかかり、すごい打者に成長していました。正直、和田さん相手に投げるのは嫌でしたね。
和田さんは今年から中日ドラゴンズの一軍打撃コーチに就任。中日はここ数年、貧打に悩み低迷が続いていますが、しっかりとした打撃理論を持ち、人間性もすばらしい和田さんが指導することでドラゴンズ打線は大きく変わるんじゃないかと期待しています。












