Bye―Byeムタ――。〝魔界の住人〟グレート・ムタが、ついに現世を去った。ラストマッチとなった22日のノア・横浜アリーナ大会では、日米から縁のある選手が集結した6人タッグマッチに降臨。自らの勝利で最後の花道を飾った化身に、2月21日の東京ドーム大会で引退する武藤敬司(60)は、何を思うのか? さらに1990年代の米国マットでムタのマネジャーとして活躍したサニー・オノオ氏(60)も、〝後継者問題〟について口を開いた。
横浜アリーナが異次元空間に包まれた。「ByeBye」と白の文字が書かれた黒いマスクで登場したムタは、米AEWのスティング、ダービー・アリンとトリオを組み、白使、AKIRA、丸藤正道組と対戦。お互いにライバルと認め合うムタとスティングが並び立つと、ファンのボルテージは最高潮になった。
1989年4月に米国マットで初登場後、当時のWCWマットでエースだったスティングとの抗争を経て、世界的な人気レスラーになった歴史があるからだ。
ムタが照準を定めたのが、96年4月の新日本プロレス・東京ドーム大会で血祭りに上げた白使だ。敵軍セコンドが持つ「愚零闘武多」と書かれた卒塔婆をヒザで叩き割り、額に突き刺し流血させた。
終盤には毒霧で視界を奪った白使に閃光魔術弾を放つと、スティングとアリンから援護射撃を受け、トドメの閃光魔術弾で3カウント。だが、ゴングが鳴っても白使を追撃だ。指につけた額の血で卒塔婆に「完」と記し、「バイバイ、エブリワン!」とアリンの押す車いすで魔界に帰っていった。
魔界の門でムタを見送った代理人の武藤は「世界観を持っていたよな。じゃないとアメリカでは通用しないもんなあ…」とつぶやく。今後の復活や、2代目グレート・ムタ誕生の可能性については「ないよ。ムタは(ザ・グレート)カブキさんの息子だけど、ここでその血は途絶えちゃうんだ」と完全否定し、寂しげな表情を浮かべた。
ただし、後継者であれば誕生する可能性があるという。武藤やムタが指名するものではないとしつつ「周りが『こいつがグレート・ムタの後継者だな』とか思うような選手が出てきた時じゃないかな。そうなったら、そいつが後継者だ。決めるのは俺じゃねえ」と力説。後継者を目指す若者たちには「今のアメリカで成功するには英語をしゃべれないとダメだよ。しかも、しゃべれた上で面白くねえと」とアドバイスを送った。
この日はかつてのWCWで極悪マネジャーとして活躍したオノオ氏も来場。96年12月にオノオ氏を裏切り伝説のユニット「nWo」に加入した蝶野正洋を制裁するため、同氏が呼び寄せたのがムタだった。結局はムタにも裏切られ、毒霧の餌食になった苦い思い出もあるが「あんな日米を股にかけた名レスラーは生まれないでしょう」と断言する。
その上で、後継者が生まれる条件として、武藤と同じ言葉の壁を指摘し「私がやっていたから…ではないが、嫌われ者になれるマネジャーをつけて代わりにしゃべらせるのもいいと思いますよ。最近、アメリカではそういう役割の人が減っていますけど」と提案。「私自身、再びマネジャーになるのもいいと思っているんです。私もムタの後継者を探そうと思っています」と不敵な笑みを浮かべた。
ムタがプロレス史に残した「悪の姿」を継ぐ者は現れるのか――。
【スティングとの〝絆〟】オノオ氏はライバル同士の合体について「スティングとムタの絆があればこそだったんです」と指摘する。当初、試合のオファーを米AEWサイドは断り続けていたという。だが「この話を聞いたスティング本人が『俺とムタには34年にわたる関係があるんだ。だから、最後は彼のために日本に行かせてくれ』と(AEW社長の)トニー・カーンを説得したんです」とオノオ氏は明かした。
スティングの行動の裏には、数年前の出来事も関係したようだ。米国で久々に再会した際「プロレスリング・マスターズ」をプロデュースしていた武藤が「一緒に入場してくれないか」とオファーしたことがあった。
当時はスケジュールが合わず実現しなかったが、オノオ氏は「スティングは、このこともずっと引っかかっていたと言っていました。だから今回、何としても力になりたいとの思いがあったんだと思います」とした。
しかも、スティングは周囲に「今回が最後の来日になるだろう」と話しているという。2人の強い絆が最後の異次元空間を生み出したのだ。













