【武藤敬司の軌跡(7)】俺がアントニオ猪木さんと初めてお会いしたのは、大宮スケートセンターだった。1984年のデビュー前に、蝶野正洋とか橋本真也とか、みんな初めての現場だったんだ。そこで初めて「新弟子の武藤です」みたいにごあいさつした。

 その後、例のごとく練習して控室に戻ったらクーラーボックスに冷えたビールが入っててね。その日はテレビ中継が入っていてタイトルマッチがあったから、その試合後の乾杯用だったんだけど、俺たちはわかんねえじゃん。だからそれを見た橋本が「ムトちゃん、ビールあるよ」っていうから飲んじまったんだよ。さらに、あの会場は風呂もあったから入って汗を流したんだ。そしたら猪木さん用の風呂でなあ…。新倉史祐さんとか木戸修さんにめちゃくちゃ怒られたよ(苦笑い)。

 その後、猪木さんにはスパーリングの相手とかもさせてもらったけど、ある日、道場で急に「ついて来い」って言われたことがあった。それで猪木さんが運転する車の助手席に座って、治療院に行ったんだ。猪木さんが通っていたところなんだけど、とにかく拷問みたいなストレッチをするところでさ。それを一緒にやらされて。その帰りに猪木さんの自宅にも行ったんだよ。

 そしたら(当時の猪木夫人で女優の)倍賞美津子さんもいて。3人で倍賞美津子さんの手料理を食ったんだよ。まだ新日本プロレスに入門したばかりだったから夢心地だったな。「すごいな、こういう人たちと一緒にいるんだ」って、感動したのを覚えてるよ。あの時、なんで俺を連れていってくれたのかいまだに分からないな…。

橋本真也(右下)、武藤敬司(右上)にアドバイスするカール・ゴッチ(左)、(中)は佐野直喜
橋本真也(右下)、武藤敬司(右上)にアドバイスするカール・ゴッチ(左)、(中)は佐野直喜

 そういえばカール・ゴッチとも入門してすぐ会ったよ。道場に来たんだ。で、だ。当時は相撲のしきたりで朝飯は食べないで練習だった。練習を終わった後に先輩から順に食べていった。カール・ゴッチはとにかく話すのが好きでね。昼ごろに先輩方と話しながらちゃんこを食べ始めて、終わるころには午後4時になっていた。朝からずっと練習してんのに、俺たち新弟子は全然ちゃんこにありつけなくてさ。昼飯が午後5時とか、もう晩飯だよ。全然合理的じゃなかったよ。

 余談だけど、この新弟子のころが俺の人生で唯一、料理をしていた期間でもある。高校まで実家で、東北柔道専門学校(現仙台接骨医療専門学校)では寮だったから包丁なんて握ったこともなかった。そういう意味で新鮮だったよ。得意料理は豚ちり。でも豚ちり出すとみんな嫌がったんだよ…。料理はいまだにできねえ。今思うと、やっぱり包丁は若いころから持っておいた方がいいよ。

 そして入門から半年たち、ついにデビュー戦を迎えることになったんだけど…。

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