【取材の裏側 現場ノート】実は記者も、10月1日に死去したアントニオ猪木さん(享年79)から〝遺言〟を預かっている。
今から20年ほど前のこと。当時、米国に居を構えていた猪木さんは出発・帰国時に、必ず成田空港内のレストランで記者会見を開いた。報道陣からは「成田会見」と呼ばれていたが、あまりに頻繁に行うため、本紙記者しか会見に出席しなかったこともあった。そんな〝単独会見〟で、燃える闘魂が唐突に切り出した。
猪木さん オレが死んだらさ、書いてほしいことがあるんだよね。フフフッ…。
――何の話ですか?
猪木さん いやさ、米国の親しい仲間から聞いた話なんだけど、CIA(米中央情報局)やFBI(米連邦捜査局)がオレのことを狙っているらしいんだよ。いろいろ世の中を変えることをやっているからね。だから、オレが死んだら「猪木、暗殺された」と、書いてよ。
――狙われてる!? マジすか!?
猪木さん フフフッ…。
思わず笑ってしまうと、隣にいた事務所関係者が「いやいや、会長(猪木さん)の言うこと、ホントなんだから。笑い話じゃないんだよ」。絶妙のフォローを受けた猪木さんは、隣で満足げに笑みを浮かべた。
当時は何かと話題を呼んだ「永久電池」の宣伝に熱心だった上に、渦中の北朝鮮にも何度も足を運んでいた。だから猪木さんの中では、米国政権の利益を損なうことに、なっていたのだろう。イーサン・ハントやジャック・バウアーが実在する世界なら、さもありなんの話だったが…。
ただ、これは笑い話で終わらなかった。2001年に米国で起きた9・11同時多発テロ。世界中が恐怖のどん底に落とされたこの時、猪木さんはなぜか渦中のニューヨークにいたのだ。当時はロサンゼルスに住んでおり、ニューヨークを訪れた理由は「国連関係の仕事」だった。しかも猪木さんの泊まっていたホテルはテロ現場となった世界貿易センタービルの目と鼻の先で、テロが起きた当時は公園をぶらぶら散歩していたという。
人類の歴史を変えた大惨事の現場に、猪木さんがいたという奇妙な事実。深夜に事務所を通して「会長は無事だったよ」との一報があり、安堵した記憶がある。
とはいえ、なぜテロの起きたニューヨークにいたのか? 後日、関係者から〝真相〟は聞いたのだが…「やっぱり、猪木さんだ!」ということだけ記しておきます。
(元猪木担当・初山潤一)












