元猪木番記者が〝昭和〟の燃える闘魂を振り返る。今回は1日に死去したプロレス界のスーパースター、アントニオ猪木さん(享年79)の「怒り」について記す。対戦相手、ライバル団体、そして対世間…生前の猪木さんの原動力といえば「怒り」だったが、本当に怒ったときはどうだったのか――。

 猪木さんが怒ったら怖い。だいたい「ムフフ」と笑っているので、その分、怒ったら倍怖い。私は直接怒鳴られたことはないのだが、私の原稿を読んだ猪木さんが部屋のカーテンを引きちぎらんばかりに怒りで荒れ狂ったと関係者から聞かされたことがある。何の原稿か? それはそのうち機会があれば。

 ということで、1986年の5月ごろのこと。中国地方だったか九州のどこかでマスコミとの宴会が催されたことがある。テレビ収録だったのだろう。D紙、N紙、専門誌の記者・カメラマンが勢ぞろいしていた。そのうち、同じ店で外国人レスラーたちも飲んでいることがわかり、合流することに。

坂口征二後援会主催のパーティーで食事する猪木さん。左は古館伊知郎、右は山本小鉄さん
坂口征二後援会主催のパーティーで食事する猪木さん。左は古館伊知郎、右は山本小鉄さん

 横長のテーブルで、私は猪木さんとは真反対の席。近くには〝鉄の爪〟フリッツ・フォン・エリックさんの息子、ケリー・フォン・エリックさん(ともに故人)がいた。一方、猪木さんの近くにはアンドレ・ザ・ジャイアントさん(これまた故人)がいたような気がする。

 そんなこんなでジョッキを傾け、私がふざけてケリーさんにアイアンクローをかけ、ケリーさんが首を振って痛がるサービスをして盛り上げてくれていると、突然「ガチャン!」というグラスが割れるような大きな音がした。それにかぶさるように猪木さんの「ダッ」とか「カッ」とかいう奇声。続いて怒鳴り声。

 見ていないので何があったかわからない。ただ、猪木さんが怒ったことは間違いない。私はケリーさんの頭をわしづかみにしたまま、ケリーさんは首を振るのをやめて猪木さんの方を見た。猪木さんの顔が隙間から見えた。鬼の形相だぁ~! もちろん、みんな静まり返って固まっている。

 だが次の瞬間、猪木さんのあの高らかな笑い声が聞こえてきた。顔を見ると、いつものように笑っている。それで場は元のように和気あいあいの空気に包まれたのだった。私も安心して再びケリーさんのこめかみを絞り上げ、ケリーさんも「アーアー」と痛がるまねをしてくれた。

 いったい何が起こったのか。猪木さんの近くにいたカメラマンに聞くと、どうやら店員が何か言って猪木さんは瞬間的に怒ったようだ。アンドレさんら外国人レスラーも同席していたことについて余計なことでも言ったのだろう。

 それはともかく、猪木さんは怒ると「ダッ」とか「カッ」とか突然奇声を上げるようだ。翌年の3月、大阪城ホール暴動でファンに向かっていこうとするときも同じような奇声を上げていた。我慢の限界を超えるとそんな声が出るということか。(元プロレス担当・吉武保則)