元アントニオ猪木番記者が〝昭和〟の燃える闘魂を振り返る第8回。1985年6月から米国の刑務所に入っていた宿敵・マサ斎藤が開発した新必殺技に、猪木さんはというと――。
徳島県の池田市での大会の翌日、猪木さんと在来線特急に乗り込んで高松かどこかに移動したことがある。そこで猪木さんは唐突に「大変な情報をつかんだんだ。マサ斎藤が刑務所ですごい技を完成させたっていうんだよ」と話しかけてきた。
なんでアナタが知ってんの――とツッコミたかったが、グッと飲み込んで「へぇ~、どんな技なんですか」と、とりあえず乗ってみる。
「名前は監獄固めっていうらしいぞ」
なんで技の名前まで知ってんの――というセリフも我慢して「へぇ~、監獄ロックですか。エルビス・プレスリーみたいですね」と、気のない返事。そうこうしているうちに、景勝地で有名な大歩危・小歩危(おおぼけ・こぼけ)が車窓に広がってきた。
私 うわ、大歩危・小歩危ですよ。高校の修学旅行で来たんですよ(興奮気味に)。
猪木 ほ、ほう、そうなのかい(困惑気味)。
私 川を船で下ったんですけどね、クラスのアイドルのK上K子ちゃんがかわいくてね。写真もポーズとってかわいかったんですよ(能天気に)。
猪木 へ、へぇ、そうなのかい(ちょっと焦り気味)。で、マサなんだけどね…。
私 あぁ、懐かしいなぁ。みんな今どうしてるのかなぁ(遠い目で)。
猪木 (あきれた表情)。
という感じで猪木さんの〝重大情報〟をシカトし続けたのだった。まさか、こんな対応をされるとは思ってもいなかったであろう猪木さん。それでも「監獄固めっていうくらいだから関節技なんだろうな」「一度かけられたら監獄だけに二度と脱出できないらしいぞ」などと、一生懸命話しかけてきていたものだ。
翌日、ちゃんと「マサ斎藤が新必殺技を刑務所で開発 監獄固め」との記事を掲載し、写真も車中の猪木さんが熱弁をふるっているところを載せた。猪木さんは「何とかちゃんの話ばっかりしてたから大丈夫かなと思ってたけど、ちゃんと聞いてたんだな」と感心していたが(※それぐらいはできるよっ)、電車であのあたりに行くたびに猪木さんの焦った顔を思い出す。(元プロレス担当・吉武保則)












