新日本プロレスで「マシン軍団」を率いた往年の極悪マネジャー・将軍KYワカマツが、1日に死去したアントニオ猪木さん(享年79)との〝本当の関係〟を明かした。1973年9月に国際プロレスでデビューし、84年に新日マットに参戦。80歳の傘寿を迎えた現在も現役を続け、北海道・芦別市議会議員として活躍している。リング上では天敵で、同じ政治家としても活動した燃える闘魂は、ワカマツにとってどんな存在だったのか――。

 猪木さんの死去についてワカマツは「プロレス界は力道山先生からアントニオ猪木、ジャイアント馬場という流れがあったけど、一つの時代が終わったんだなと思っています」とし、「レスリングでも政治に関しても、アントニオ猪木の前にアントニオ猪木はない。アントニオ猪木の後にアントニオ猪木はないですよね」と声を詰まらせた。

 1980年代にはワカマツ率いる「マシン軍団」と猪木さんの抗争が激化。思い出深いのが86年5月1日の両国国技館大会だ。ワカマツは〝大巨人〟アンドレ・ザ・ジャイアントと組み、猪木さん、上田馬之助組と激突。流血するほどの激闘を繰り広げ、猪木さんにピンフォールを奪われた。

 この名勝負を「日本人でアンドレと組んで猪木と戦った人は他にいないんじゃないかな」と振り返り、政治活動の礎になっているとした。

 ちなみにこの一戦の直後、6月17日の愛知県体育館大会で猪木さんは腕固めでアンドレに勝利。世界で初めて「アンドレからギブアップを奪った男」になった。

 猪木さんは89年の参院選に出馬し、史上初となるプロレスラーの国会議員に。ワカマツも99年から芦別市議会議員との〝二刀流〟で活躍し、政治の世界でも意識するようになった。

「猪木はイラクの人質解放、北朝鮮に行って10万人規模の試合を2度もしている。国会と地方自治体とではスケールの大きさは違うけど、お互いに日本のためにっていう思いは通じるものはあるんじゃないかな」

 最後に猪木さんと会ったのは90年に行われた猪木さんの30周年記念セレモニーの席だった。政界に進出し、引退がささやかれ始めた猪木さんに向かってワカマツが「引退するのはまだ早いんじゃないか。俺も現役だし、お前も当然元気だろ? 挑戦を受けろ!」と〝挑発〟するや、猪木さんは「ワカマツはこう言ってますけど、私の体はもう限界です。ボロボロなんです」と語ったという。

 猪木さんは94年5月のグレート・ムタ戦からファイナルカウントダウンがスタートし、98年4月のドン・フライ戦でラストマッチを迎えたが、このころから引退を意識していたようだ。

 ワカマツは、リング外でも常に敵対していた猪木さんとは一度も個人的な会話をしたこともなければ、食事をともにしたこともない。それでも「リング上で『コラっ、猪木!』っていうのがあいさつで。でも、リングに上がるとお互いに気迫っていうのはわかっていた。多分あの人もわかっていたんだと思うんですよ」と懐かしむ。

 今から1年半前には再び猪木さんとの〝縁〟を感じる出来事があった。テレビ朝日系バラエティー番組「あいつ今何してる?」の出演依頼が舞い込んだのだ。「猪木が私の名前を出したみたいで。私の収録はしたんだけど、猪木は療養中でテレビに出られなかったから、お蔵入りになったんです」と明かす。「でも、あの北海道で市議会議員をやっているワカマツはどうしているのかと私に対しての思い入れ、気遣いがあったんだなというふうに思ってます」

 再会はかなわなかったが、今でも再戦を熱望し続けている。「コラーッ、アントニオ猪木! お前が俺より先に逝くなんて、とんでもねえヤローだ。一緒に逝って、あの世でも戦うのが筋じゃないのか!」。かつての宿敵への思いを胸に、国内最年長現役レスラーとしてリングに立ち続ける。