【赤坂英一 赤ペン!!】広島の河田雄祐ヘッド兼外野守備走塁コーチ(54)が悪戦苦闘中だ。新型コロナウイルスに感染して離脱した佐々岡監督に代わり、16日から急きょ監督代行に就任。幸先よく2連勝したまではよかったが、そこから4連敗と波に乗れない。
初采配を振った中日戦で、河田監督代行がいつものように三塁コーチスボックスに立った時、私としてはいいアイデアだと思った。「ルール違反でも何でもないし、選手たちもリズムが変わらずにできると思った」と、河田監督代行本人もコメント。実際、広島もここから2連勝して、一度は3位に浮上している。
古過ぎる例え話で恐縮ながら、昭和時代の広島の名将はよく三塁コーチを務めていた。1975年のジョー・ルーツに、その後を受けて初優勝を遂げた古葉竹識。彼らは三塁コーチスボックスでサインを出し、腕を振り回して走者を本塁へ突っ込ませ、一緒に全力疾走して「セーフ!」と両腕を広げていたものだ。
初戦からの2連勝で、河田監督代行も三塁コーチを続けるのではと思ったら、采配3試合目からベンチに腰を据えている。代わって三塁コーチとなったのは森笠二軍打撃コーチで、新型コロナ感染で離脱した迎一軍打撃コーチの代役。その森笠コーチに経験を積ませたい思惑もあるらしい。
河田監督代行はベースコーチの経験が豊富で、かねて眼力、判断力を高く評価されている。西武コーチ時代は2004年から二軍で6年間、10年から一軍で6年間と計12年間もベースコーチを務め、15年オフに現役時代を過ごしたカープに復帰。16、17年の連覇に大きく貢献したことはいまだ記憶に新しい。
当時、熱っぽい口調でこんな話をしてくれた。「正直言って、カープの走塁と外野守備のレベルはパに比べるとまだまだだと思います。僕は西武のコーチとしてパの優秀な外野手をたくさん見てきましたから。そういう目で見ると、丸(佳浩・現巨人)や(鈴木)誠也(現カブス)ならもっとレベルアップできる。僕が教えられることは何でも教え込むつもりです」
実際、鈴木は走塁でも目覚ましい成長を見せ、河田コーチが「ゴー!」と言わなくても相手野手のほんのちょっとのスキを突いて、果敢に本塁を陥れるようになった。
佐々岡監督が復帰したら河田コーチがまた三塁コーチに復帰するかどうかはわからない。ただ、今後も積極的に先の塁を狙う姿勢を若ゴイに浸透させてほしいと思う。
☆あかさか・えいいち 1963年、広島県出身。法政大卒。日本文藝家協会会員。最近、Yahoo!ニュース公式コメンテーターに就任。「最後のクジラ 大洋ホエールズ・田代富雄の野球人生」「プロ野球二軍監督」(講談社)など著作が電子書籍で発売中。「失われた甲子園」(同)が第15回新潮ドキュメント賞ノミネート。他に「すごい!広島カープ」「2番打者論」(PHP研究所)など。











