頂点へ、あと一つ。第101回全国高校野球選手権大会(甲子園)は20日、準決勝2試合を行い、星稜(石川)は中京学院大中京(岐阜)を9―0で撃破。エース・奥川恭伸(3年)の7回2安打無失点の快投で24年ぶりに決勝へ駒を進めた。今秋のドラフト1位候補であるプロ注目右腕は、同校OB・松井秀喜氏(45=元巨人、ヤンキースなど)と共通する“特異体質”であることも判明。大成を裏付ける材料としてプロ経験者からも太鼓判が押されている。
3回戦の智弁和歌山戦での延長14回完投から中2日。準々決勝をスキップし、志願して準決勝の先発マウンドに臨んだ奥川は立ち上がりから気迫十分だった。
「ここまできたら投げたいし、そこは他の投手に譲りたくないという思いがあった。中2日空いたのが大きかった」
初回先頭に中前打を許したものの、そこから快投ショーが始まった。難なく後続を断ち切り、2回以降は最速153キロの直球と変化球を駆使して5イニング連続で三者凡退。7回二死から右前打を浴びたが、二塁すら踏ませることなくこの回を投げ終えて左腕寺沢(3年)にバトンを託した。
序盤から打線の援護にも恵まれ、7回を87球でまとめて2安打無四球10奪三振で無失点。バットでも7回二死二、三塁から今大会初安打となる2点二塁打を放ち、投打で勝利に貢献した。8回からは左翼守備に回り、2度の守備機会も無難にこなし、試合終了の瞬間には笑みを浮かべてチームメートと勝利を喜んだ。
試合後の林監督は目を細めながら「(先発か救援か)非常に迷ったが、奥川本人が『行きたいです』と言ったので彼に託した。1、2回は重たそうだったが、いい投球ができていたと思う」。3日前の智弁和歌山戦で165球を投げながらも自ら先発を志願したエースの心意気を称賛した。
今大会の奥川は初戦から4試合32回1/3、計385球を投げて自責点0。履正社との決勝戦でも失点しなければ、夏の甲子園では48年ぶり、史上8人目となる防御率0・00での優勝投手となる。そんな「令和の鉄腕」を支える秘密とは一体何なのか――。星稜の有力OBは「実を言えば奥川は多くの投手がうらやむ特異体質なんです」と打ち明け、こう続けた。
「奥川は手の指にいわゆるマメができない体質。多くの野球選手たちがマメに悩まされますが、彼は『自分は今まで一度もできたことがない』と言っているぐらい。思えばOBの松井秀喜さんも現役時代、手にマメができにくい体質でした」
野球選手たちを悩ませる手のマメは皮膚と皮下組織のずれによって生じる「水腫(水ぶくれ)」。患部が破れて血マメになるケースもあり、痛みでプレーできないことも多々ある。
「自分や他の投手も右手人さし指や中指の指先付近に血マメができて痛くなることがありますが、奥川は指先にマメができないんです。打撃練習では手のひらに投球に影響のない程度の小さなマメはできるそうですが、本当にうらやましいです。それなのに『マメができないと何となく投手として格好悪い』と言いながら、あえて指先の皮を時々自分でむこうとしたりしている。そのたびに周りは『おい、おい』と突っ込みながら止めています」。同級生でメンバー外の芳賀は苦笑交じりに“秘話”を明かす。
奥川の“特異体質”については、1988年夏の甲子園準優勝投手(福岡第一)で本紙評論家の前田幸長氏も「プロの世界でもプラスに作用します」と太鼓判を押し、こう補足する。
「実は私も奥川君と同じように学生時代から指先にマメができず、それに悩まされたことが一切なかった。彼も私同様に手の皮が厚いからだと思います。プロの世界でも桑田真澄さんや上原浩治のような大投手たちが現役時代、マメと戦いながら投げていた姿を実際に見ていましたからね。私が20年間、現役を続けられたのも数少ない“マメ知らず”のおかげであると言えます」
履正社との決勝戦では星稜だけでなく、石川県勢として初の全国制覇がかかる。「すべてを出し切って後悔のないように戦いたい」。鉄腕・奥川の奮投に期待大だ。
【前田幸長氏が絶賛】本紙評論家・前田幸長氏が絶賛したのはマメができない体質ばかりではない。7回を無四球無失点10奪三振の投球に「奥川君が素晴らしいのは、気持ちが入ったときに相手打者をねじ伏せる投球ができるところ。その上、能力が高いからピッチングも相手によって使い分け、力の加減を調節している」と感心しきりだった。150キロ台を連発する直球は言うに及ばず「変化球もスライダー、チェンジアップ、カーブ、フォークボールとすべての球種でカウントが取れて、決め球としてチョイスもできる」と完成度の高さを指摘。「あれだけの投手はそう出てこない。今大会ではナンバーワンというより、彼一人が抜きんでた存在」と賛辞は尽きなかった。












