激ヤバな日本新記録! 鈴木健吾をマラソンに導いた父・和幸さんの周到な“洗脳”作戦

2021年03月01日 05時15分

一躍、注目の的となった鈴木健吾

“父子鷹”で「ヤバイ」歴史を刻んだ。びわ湖毎日マラソン(28日、滋賀・皇子山陸上競技場発着)で鈴木健吾(25=富士通)が2時間4分56秒の日本新記録で初優勝。大迫傑(29=ナイキ)が持っていた日本記録(2時間5分29秒)を33秒上回り、日本人初の2時間4分台をマークした。すでに代表が決定している東京五輪には出場できないものの、幼少期から培ってきた素質がついに開花。元陸上選手だった父が施した「英才教育」の中身とは――。


 昨年の大会で12位に沈んだ鈴木は「タイムよりも勝ちにこだわってきた」と序盤から先頭集団でレースを進めた。トップが3人に絞られた36キロ地点でロングスパートを仕掛けると、後続との差をみるみる広げてそのままゴールテープを切った。日本人初となる2時間4分台の快挙。日本陸上競技連盟の瀬古利彦マラソン強化戦略プロジェクトリーダー(64)に「日本の歴史を変えるレース」と言わしめた大記録達成だ。

 その鈴木が陸上を始めたきっかけは父・和幸さん(50)の影響だった。小学校3年からソフトボールチームに所属。抜群の運動神経に加え、幼少期から極度の負けず嫌いだったという。和幸さんは「ソフトボールでエラーしたり、かけっこで負けると必ず泣いた。いつも悔し涙を流していました」と振り返る。

 鈴木は中学進学後は野球かサッカーの道を希望していたが、愛媛県の宇和島南高時代に高校駅伝出場の実績を持つ和幸さんは陸上に適性を見いだしていた。「体が小さいので野球やサッカーは厳しいかなと。陸上なら成功するかもしれない。ちょっとずつ陸上の方に持っていったんです」

 そして父は中学入学の直前にある計画を実行に移す。「ランニングに行くぞ!」と言って息子を車に乗せると、宇和島市内の「三浦ランニングクラブ」に“強制入会”させたのだ。このクラブはゲーム感覚で楽しく走るのがモットーで、鈴木も自然と走ることにのめり込んでいった。さらに、和幸さんは自宅で自身の高校時代の競技映像を上映。こうして陸上の道へ“洗脳”していった。

 この策略が見事にハマり、鈴木は中学で陸上部に入部。メキメキと頭角を現していった。陸上部にはかつて和幸さんを教えたコーチもおり、鈴木に対して「もうオヤジの記録を抜いたぞ」と父と比較することで発奮させたというが、中1で5分30秒だった1500メートルのタイムは中2で4分25秒と1分以上も縮めて周囲を驚かせた。中学卒業時には長距離では敵なしの状態となった。

 その後は宇和島東高を経て神奈川大に進学し、箱根駅伝では2区で区間新をマークするなど活躍。マラソンでは伸び悩んだ時期が続いたが、今回の快走で一気に新たなスター候補に名乗りを上げた。和幸さんは「信じられない。手が震えていますよ」と快挙に感動。レース後に電話で「お前、日本記録だぜ。ヤバイな」と声をかけると、愛息も「ヤバイね」と返し笑い合ったという。

 鈴木は今回の新記録でも東京五輪には出場できず、日本実業団連合が日本新記録樹立者に出していた報奨金1億円の制度もすでに終了。同連合からの報奨金は年度ごとの最優秀選手に贈られる10万円が“最高額”だという。それでも、2024年パリ五輪の有力候補に躍り出たことは確か。今後の成長次第では、さらなる記録更新の期待も膨らむ。

 鈴木自身も「世界を目指していくのは当然。まだまだ力はないが、世界選手権だったり、次の五輪で日の丸をつけて戦えるように少しずつ力をつけていきたい」と先を見据えた。父子の夢への挑戦は、まだ始まったばかりだ。

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