長与千種「コロナの危機を乗り越え女子プロレス大爆発を起こしたい」

2021年01月11日 07時00分

2021年、長与の新たな戦いが始める

【長与千種・レジェンドの告白(最終回)】実はプロレスに戻るという考えは、会長(故松永高司氏=2009年7月死去)が亡くなった直後からあった。「もう一度、横浜アリーナで(大会を)やりたい」という遺言を託されていたからだ。

 何より響いたのは北斗晶の言葉だった。小さな星をつかむ人間はたくさんいるけど、リング上の大きな星をつかめる人間は一人しかいない――生前、会長がよく言っていた言葉だ。実はそれが私を指していたことは、後に北斗が教えてくれた。いつからだろうか、その北斗が私の誕生日が近づくと必ずこう言うようになった。

「チコさん、大きな星を持っている人は一人しかいないんだから、そろそろ、その星を出す時期なんじゃないですか? 女子プロレスを何とかしてくださいよ」。その言葉はとてもとても重く私の胸に響いた。

 14年には約5年ぶりの復帰戦を行い、同年にマーベラス設立を発表した。父の遺言、会長の遺言、北斗の言葉…そのすべてが一つの大きな力となって、私の背中をポンと押した。

 マーベラスのために注ぎ込んだポケットマネーは億単位になっただろうか。それでも心強い支援者もいた。社会一般できちんと認知される女子プロレス団体を目指しつつ、6人の選手を育て上げた。まだ8人目、9人目、10人目がウエーティングしている。今年は15歳の男子選手も入門が決まっている。新型コロナウイルス感染拡大で数々のプランは延期になったけれど、5月には5周年記念大会を開催したいと考えている。

 昨年夏には新しい女子プロレス組織「アッセンブル」も動き始めた。北斗が発起人の一人になったのだけれど、さすが北斗だと思った。業界が縦も横もなしに結束する最高の舞台だ。私は「星を持っているのは、やっぱり北斗なんじゃないのか」と再度考えたほどだった。女子団体の「セリ市」のようなものなので、だからこそマーベラスは揺るぎない地位を固めなければならない。業界最大手のスターダムとは、友好な関係にあるからなおさらだ。

 実は昨年1月は海外に渡り、いろいろな仕掛けをしてきた。帰国した矢先にコロナ禍が起きてしまった。でも今春にはもう一度、海外に渡るつもりだ。米国だけじゃない。様々な国を訪れたい。世界の女子プロレスの中心は日本にある。それを証明したい。

 緊急事態宣言が再び出された日本は今、まさに「しのびがたきをしのび」という状況下に立たされている。しかし耐えた後にこそ、事態は好転すると信じる。プロレスという戦後日本の文化、女子プロレスという文化は絶やしてはいけない。この危機を乗り越えた後には「ドーン」と事態が好転する大爆発を、私自身が起こしたい。デビュー40周年目以降の長与千種にも、引き続き応援よろしくお願いいたします。(終わり)

(構成・平塚雅人)

☆ながよ・ちぐさ=本名同じ。1964年12月8日、長崎・大村市出身。80年8月8日、全日本女子田園コロシアム大会の大森ゆかり戦でデビュー。83年からライオネス飛鳥とのクラッシュギャルズで空前の女子プロブームを起こす。89年5月引退。93年に復帰し94年にガイア・ジャパン旗揚げ。2005年に解散して再引退。数試合を経て14年に再復帰しマーベラス旗揚げ。15年に大仁田厚と東京スポーツ新聞社制定「プロレス大賞」最優秀タッグ賞受賞。20年に北斗晶らと女子プロ新組織「アッセンブル」を旗揚げ。

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