【追悼 星野仙一氏】宇野勝氏 必ずフォローしてくれた「気遣い」の人

2018年01月07日 16時30分

1987年6月、ベンチで戦況を見つめる星野氏(左)と宇野氏

【宇野勝氏】ただただびっくりしている。腰や首が痛いとは聞いていたが、まさかがんを患っていたとは全然知らなかった。星野さんとはひと回り近く年は離れていて、中日では現役同士でも監督、選手としても一緒にやった間柄。昨年11月の野球殿堂入りパーティーではお元気そうだったのに…。そのときに「おめでとうございます!」とあいさつしたら星野さんから「誰だっけ?」と冗談で返されて周囲は笑っていたけど、それが最後の会話になってしまった。今でも信じられないし、信じたくもない。

 やっぱり星野さんとの思い出で真っ先に浮かぶのが後楽園(1981年8月26日の巨人戦)でのヘディング事件かな。当時の俺は若かったし、がむしゃらだった。星野さんは怒ってグラブを投げつけていて、かなり落ち込んだけど、あの後「飯でも行くか」と誘ってくれた。ほかにも俺が4~5年目のときのゲーム後、ナゴヤ球場から帰るときに、ご飯に誘ってもらって「俺に付いて来い」と言った星野さんの車に追突してしまったことがあった。コツンと当たったぐらいでどちらの車もへこむような大きな事故ではなかったけど、顔面蒼白だった。だけど、翌日に球場で星野さんに会うと「首が痛いわ」と冗談を言われて、救われたこともあった。

 88年に俺を外してルーキーの立浪をショートのレギュラーで使うとき「お前はセカンドをやれ! 俺は立浪を使うから」と宣言された。正直、なんでだよという気持ちもあったけど、ちゃんと「ゲームに出さないわけじゃない」とフォローを入れてくれたし、実際、その年の中日は6年ぶりにリーグ優勝しているわけだしね。とにかく豪快でいろんなことに気遣いができる方だった。これから野球界にもっともっと貢献していただけると思っていただけに本当に残念でならない。(本紙評論家)

※ヘディング事件=この試合前まで158試合連続得点を続けていた巨人に対して星野氏は7回二死まで2安打無失点と好投。しかし、宇野氏の失策で失点し記録をストップできなかった星野氏は怒りのあまりグラブを地面に叩きつけた。