持つべきものは友ということか――。パ・リーグで打率最下位にあえぐ日本ハム・清宮幸太郎内野手(23)に、2015年のU18W杯決勝(甲子園)で対戦したロイヤルズのニック・プラット内野手(23)からエールが送られた。学年こそ清宮が1つ下だが、リトルリーグ(LL)出身で“ドラ1”のスラッガーと共通点も多く「同じチームでプレーするのもいい」とラブコールまで飛び出した。
日本ハムのBクラスが確定した12日に新庄監督は「これだけチャンスを与えて打率2割2分以下の選手は、やっぱりつかめなかったとしか判断できない。来年のレギュラーは厳しいかな」と漏らした。名指しこそ避けたが、これに敏感に反応したのが清宮だ。翌13日のロッテ戦では2ラン、3ランと2打席連発。16日のオリックス戦で決勝3ラン、17日のロッテ戦でも先制ソロを放つなど5戦4発と大当たり。シーズン終盤ながら13日からの5試合連続安打で打率を1分1厘も上げた。
そんな活躍ぶりを伝え聞いたプラットは「さすがだよ。彼はいつだってビッグなパワーヒッターだから」と我がことのように大喜び。17本塁打と46打点はチームトップながら、打率2割1分2厘と苦しんでいることにも「彼は大丈夫。まだ若いし、これからの選手だ」と言った。さらに清宮の本塁打集の動画を食い入るように見て「おいおい、どこまで飛ばすんだよ! すごくいいスイングだ。オオタニかよ! 股関節の使い方が素晴らしい」と大絶賛した。
このプラットと清宮には多くの共通点がある。まず一つは米国でLLの英雄として知られていることだ。プラットは11年8月、LLワールドシリーズで米国ウエスト代表カリフォルニア州ハンティントンビーチLLの中心選手として活躍。日本代表・浜松南LLとの決勝戦では延長8回、中堅にサヨナラ打を放ち、頂点に立った。その1年後に世界一となったのが日本代表の東京北砂LL。投打で優勝に貢献した当時13歳の清宮は米メディアで「和製ベーブ・ルース」と称され、プラットもテレビを通じてその存在を知った。
2人の直接対決が実現したのは15年9月6日のU18W杯決勝(甲子園)だった。投手兼一塁手として出場したプラットは大一番で先発し、7回途中6安打1失点、9奪三振と好投。佐藤世那(仙台育英)との投げ合いを制し米国に優勝をもたらした。清宮との対戦は3打数1安打2三振。「コウタロウはチームで唯一の高校1年生で、とても印象に残っている」と当時を振り返る。
南カリフォルニア大の内定をもらっていたプラットは17年6月、ドラフト1巡目(全体14位)でロイヤルズに指名されてプロ入り。ルーキーリーグ、1A、2A、3Aを経て今年7月14日にメジャー初昇格を果たし、8月6日に本拠地でのレッドソックス戦でサヨナラ本塁打を放つなど地元ファンの心をつかんだ。
「マイナーではいい時も悪い時もあった。例えば調子のいい1週間を過ごした後、次の週は全く打てなくなったりとか。それでもチームのプログラム、起用を信じて、これもどうやってシーズンを過ごすのか、リーグや投手を学ぶ必要なプロセスなんだと思い、続けてきた。今年はどこかのタイミングでメジャーに上がるチャンスがあると思っていた」
マイナーでは「育成」の観点から出場機会を与えられてきたが、メジャーは結果が全てとなる。「(メジャーは)全ての人が良くしてくれるし、素晴らしい。だから自分も良くしようと考える。だけど、一つのミスが運命を変える。そういう世界だということ。これが今、僕が見て、感じていること。みんなここのレベルにいる理由、来れた理由を持っている。日々、自分にできる何かを探し、つかみ、チームの勝利につなげてきた」。マイナーとメジャーの違いを自覚し、試合への抜かりない準備と考えすぎないようにすることを心がけているという。
戦いのステージが変わっても、プラットにはLLの時から変わっていない野球への思いがある。それは「楽しむこと。僕はハイレベルな状況、場面でプレーすることを楽しんできたし、いつでも望んでいる。失敗することもあるが、それを恐れることはない」。今はヤンキー・スタジアムでプレーオフを戦うことが目標という。
そんなプラットは最後に“球友”へのメッセージを本紙に託した。「彼はいつかこっちに来るつもりはあるのか? いつかそうなることを願っているし、同じチームでプレーするのもいい。一塁の守備がかぶる? それは問題ない。僕が外野をやるよ」。ロイヤルズは58勝88敗でア・リーグ中地区4位と低迷し、日本ハムは54勝76敗3分けで最下位。チームの巻き返しに不可欠な戦力という点でも2人は共通している。
☆ニック・プラット 1998年10月6日生まれ。米カリフォルニア州出身。左投げ左打ち。2011年8月、リトルリーグ・ワールドシリーズ決勝の日本代表・浜松南戦でサヨナラ打を放ち世界一に。15年夏のU18W杯は高校米国代表の投手兼一塁手として来日。決勝の日本代表戦で先発し、7回途中1失点で優勝に貢献した。17年ドラフト1巡目(全体14位)指名でロイヤルズ入り。22年7月14日にメジャー初昇格。49試合で打率1割8分4厘ながらサヨナラ弾を含む7本塁打、20打点。マイナーでは通算打率2割4分6厘、80本塁打、287打点、69盗塁。












