左翼席に吸い込まれる飛球の着弾点を見届けることなく、手負いの右腕はベンチに視線を送っていた。第94回選抜高校野球大会決勝(31日、甲子園)で、近江の絶対エース・山田陽翔投手(3年)は3回途中4失点(自責3)で降板。前日の準決勝・浦和学院(埼玉)戦の5回に、投げる際の踏み出し足である左足のかかと付近に死球を受けながら延長11回170球を投げ抜いていた。

 自らの限界を悟っての「交代願い」だった。3回無死一塁、この日の45球目、本来の球威ではない真っすぐを大阪桐蔭(大阪)の3番・松尾(3年)に運ばれた。「結果的にホームランになった」。実は抑えようが、打たれようが、このイニングの「松尾まで」と決めていた。2回を投げ終えた時点で、2番手で控えていた左腕の星野(3年)に「キャッチボールを始めておいてくれ」と指示。握力の低下もあり「ボールに力が伝わっていなかった」からだ。その流れで被弾直後に着弾点を確認することもなく、多賀監督に右手で「交代」を願い出る仕草を送った。

 真意は「これ以上、チームに迷惑はかけられない」という思いからだった。この時点でスコアは0―4。ゲームはまだ序盤で、集中打のある近江打線にひっくり返せない点差ではなかった。

 エースで4番で主将。大会を通じて「不動の4番」はこの日「9番」に入った。打撃もプロ注目の選手だが、一番の理由は走塁面を考慮してのこと。全速力で駆けるのが難しい状況で「塁が詰まる」可能性のある中軸に配すことを避けた形だった。

 出るからには「最大戦力」になることが大前提。結局、決勝では一度も打席に立つことはなかった。〝ただ投げたい〟〝投げられるから出る〟ではなく、大会を通して冷静な判断のもと、チームのために投げ切った春だった。