【グレイシーハンターの〝真実〟 IQレスラー桜庭和志 実録 桜道(10)】1996年末、UWFインターナショナルの若手が集められて団体の解散が告げられました。ただ、唐突ではありませんでした。なぜなら、その前から新団体をつくるっていう話を聞いていて「そのままみんなでそっちに行こう」という感じだったんです。僕自身、会社の仕組みとか全く分からなかったし。

キングダムが旗揚げ。拳を握る安生(左から2人目)ら(97年3月)
キングダムが旗揚げ。拳を握る安生(左から2人目)ら(97年3月)

 それで97年1月に旗揚げされたのが「キングダム」です。そこではオープンフィンガーグローブ(OFG)を着けて戦うことになりました。この頃は米国の総合格闘技団体「UFC」が注目されていて「PRIDE」をやるのも決まっていたんですよ。その流れでOFGを着けるようになったと思うんですけど、拳の部分が大きくて引っかかるんじゃないかって。普通のOFGの倍くらい厚さがあったんです。

 UFCですか? ホイス・グレイシーの試合とか興味なかったです。当時は総合格闘技は「アルティメット」って呼ばれていたんですけど、僕らがやっているものとは違うという印象でしたから。そういえばキングダムは道場がメチャクチャ豪華だったんですよ。1階が事務所、2階にはレスリングマットが敷き詰められ、3階はリングとサンドバッグで4階は合宿所。地下1階にウエートトレーニングの設備がありました。場所は麻布。誰かの代わりにちゃんこ番をやった時、買い物に行ったら野菜が高かったのを覚えています。

 そこに、いろんな人たちがコーチとして教えに来てくれたのも勉強になりました。高田(延彦)さんがヒクソン・グレイシー(※1)と対戦する前だったから、ブラジリアン柔術の黒帯の中でも強い人が教えに来てくれたんです。Uインターの終わり頃から引き続いてエンセン井上(※2)さんやレスリングの安達巧(※3)さんも練習に来てくれて、僕を含め選手たちは飛躍的にレベルアップできました。

高田(左)VSヒクソン戦(97年10月)
高田(左)VSヒクソン戦(97年10月)

 僕的には、柔術の動きは今までにない動きだったから練習するのが面白かったですね。だってマットにあおむけになることってプロレスではないじゃないですか。3カウントがあるから。アマレスはなおさら。あおむけになるのは負けることなんで。だから、そういう状態になってからの技は本当に新鮮に感じましたね。〝こういう技もできるんだな〟っていうのは面白かったですよ。

 そんな中、意外なタイミングで意外なオファーが届きます。それは…。

 ※1…97年10月の「PRIDE.1」で高田と対戦。結果は1ラウンド4分47秒で高田が腕十字固めで一本負け

 ※2…総合格闘家。初代修斗世界ヘビー級王座を獲得。日米で活躍

 ※3…レスリングの全日本選手権やアジア選手権に優勝し、バルセロナ五輪にも出場した

 

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