大相撲の第64代横綱で総合格闘技や全日本プロレスでも活躍した曙太郎さん(享年54)が亡くなって6日に三回忌を迎えた。203センチ、230キロという破格の体格を生かしたファイトでファンを沸かせた〝ヨコヅナ〟について、元付け人でエボリューションの〝暴走専務〟こと諏訪魔(49)が、全日本プロレスの創始者ジャイアント馬場さんとの意外な縁をはじめ、生前の素顔やエピソードを明かした。

曙さん(右)とはデビュー時(諏訪間幸平)からの付き合いだった諏訪魔(2005年)
曙さん(右)とはデビュー時(諏訪間幸平)からの付き合いだった諏訪魔(2005年)

 2005年、全日本参戦が決まった曙の付け人になった諏訪魔は「本当は雷神明がやる予定だったけどケガして。俺がやることになった」。大相撲時代はもちろん、格闘家として活動する姿を見ていたが「とにかくデカいなって。それに横綱だよ。相撲界の頂点にいたんだから」とリスペクトしていたという。

 付け人時代に苦労したことは「ファンをどう制するか」。地方遠征で食事に出ると、その大きな体でバレてすぐ囲まれてしまう。曙さんを一目見ようと、約1000人が集まってパニック寸前になったこともあった。「もう人ごみをかき分けてさ。ヨコヅナを怒らせるわけにもいかないし…」と苦戦したという。

 もう一つ困っていたのは曙流のルーティンという。「ヨコヅナは無類の酒好きで。オレは食事前に焼酎の鍛高譚の原液をジョッキ3杯飲まなきゃいけない。その時点で(頭は)ぐるんぐるんだよ。途中には天龍(源一郎)さん式の(いろいろなお酒を)ごちゃまぜ(にした)アイスペールを飲まされて。大げさじゃなく、店の酒を全部飲み干したこともあるよ」

 曙さんはカラオケも大好き。十八番は尾崎豊の「I LOVE YOU」で「うまいんだよ、歌」。ただ、飲んだ翌日は「いつも太田胃散(胃腸薬)を飲んでいたな」という。

新技開発で本間朋晃(中)を実験台にする曙さん(2005年)
新技開発で本間朋晃(中)を実験台にする曙さん(2005年)

 かわいがっていたレスラーは本間朋晃で、よくいじっていたという。「豪快なエピソードで言えば北海道での酒席でヨコヅナが何とは言わないけど、黄色の液体を本間さんにかけたんだよ。豪快にジョボジョボって。もうみんな大笑い」と〝悪ノリ〟することも。相撲界では弟弟子で自身の付け人を務めた高見盛(現東関親方)を「面白いやつなんだよ」と言いながら、その動向を気にかけていたという。

 またコスチュームにもこだわっていた。「ヨコヅナはいつもオレンジ。(大相撲時代の師匠で当時の東関親方の)高見山さんの現役時代の締め込みがオレンジだったから」。しかも名前である「曙」色は淡いオレンジとあって、力士時代からこだわって同色のものを身に着けていたそうだ。

 全日本プロレスの創始者・ジャイアント馬場さんの〝遺品〟も継承していた。元子夫人から馬場さんが乗っていたキャデラックを譲り受け、代名詞だった「王道」の使用を許可されている。諏訪魔によると、曙さんは馬場さんが地方遠征時に愛用したベッドの延伸器具を使っていたという。

馬場元子さん(左)からキャデラックも譲り受けた曙さん(2015年)
馬場元子さん(左)からキャデラックも譲り受けた曙さん(2015年)

「プラスチックとスポンジ素材の特注品で、足が出ないようにベッドの長さを足すんだよ。そこにシーツを伸ばして馬場さんと同じようにヨコヅナ仕様にした」。宿泊先で最初に行うのが曙さんのベッドメイキングで「これまで馬場さんしか使っていなかったんじゃないかな。倉庫から出してきたって聞いたから」

 諏訪魔は「ヨコヅナの三回忌って、もう2年たったんだな。とにかく優しい人だったよ。オレはカバン持ちしてさ。怒られたことなんて一度もない。みんなに愛されていたよ」と語った。