新日本プロレス4日の東京ドーム大会で、棚橋弘至(49)がオカダ・カズチカ(38=AEW)を相手に引退試合に臨み、現役生活に別れを告げた。今回の現場ノートは、長年新日本プロレス番記者として間近で棚橋を取材し続けた岡本佑介記者が担当。100年に一人の逸材への思いとは――。

【取材の裏側 現場ノート】棚橋弘至が約26年間のキャリアに終止符を打った。引退試合の相手はオカダ・カズチカが務め、セレモニーには外国人選手たちを含め柴田勝頼、飯伏幸太、内藤哲也と新日本を退団した縁深いレスラーたちが集結した。

 来場がかなわなかった現WWEの中邑真輔を含め、棚橋にとってかけがえのないライバルたちの多くが新日本のリングを去った。昨年末に担当したレスラー人生を振り返る連載の取材の際に、棚橋は「僕は港みたいな存在なんですよ。空港じゃないところが僕っぽいでしょ? みんな後悔(航海)するなよって」とアントニオ猪木ばりのジョークで笑っていた。その言葉通り、最後の日に皆が棚橋という名の港にまた立ち寄ったのだと思うと、改めてその存在の大きさを実感する。

自身の引退試合を報じた紙面を読み込む棚橋弘至社長
自身の引退試合を報じた紙面を読み込む棚橋弘至社長

 引退した棚橋に個人的に聞きたいことがあった。「もう一回生まれ変わっても、プロレスラーになりたいですか?」。2024年1月、引退から約1年がたった武藤敬司との対談が実現した際、内藤が同じ質問を投げかけており「なんだか、いい質問だな」と心の片隅に記憶していたのだ。

 この問いに棚橋は「なりたいですね」と即答。「自分が頑張ったことに対して、すぐにリアクションがもらえるんですよ。喜んでもらえたり、負けたら負けたで『次頑張れよ』って応援につながりますし…。僕ね、喜怒哀楽を全部いっぺんに味わえるジャンルって少ないんじゃないかなって思うんです。あらゆる感情を解放できる競技で、僕はそこはプロレスというものに誇りを持ってますよ」と、プロレスラーとしての矜持を語ってくれた。

「一度知ってしまったら辞められないですよ。来世も絶対にプロレスラーになれるように…185(センチ)以上、類いまれな運動神経を授かって生まれたいな。オカダみたいになりたいですね」。決して恵まれた体格とはいえない棚橋が、誰もが認めるトップレスラーとなれたのは、誰よりも強いプロレスへの愛情を胸に信条とする「全力」を26年間貫き続けてきたからだと思う。

 試合を見ていて、インタビューをしていて、棚橋弘至こそ〝プロレスの権化〟なのではないかと思わされたことは、一度や二度ではない。自分から名乗り始めた「100年に一人の逸材」だが、いつの間にかそのキャッチコピーに偽りなしの領域に来てしまった。社長としてさらに業界を発展させてくれることを、心の底から信じている。(運動部・岡本佑介)