【平成球界裏面史 近鉄編136】平成13年(2001年)9月26日、近鉄がマジック1とリーグ優勝にリーチをかけてオリックス戦(大阪ドーム)に臨んだ。この試合で北川博敏の野球人生が変わる。展開は9回裏の最後の攻撃を前に近鉄が3点ビハインド。マウンドには8回途中から上がっていた守護神・大久保勝信がいた。

 先頭打者の6番・吉岡雄二は2球目を左前打として無死一塁。次打者は7回に代打本塁打を記録していた7番・川口憲史だ。こちらは2球目を捉え、一塁線を抜く二塁打を放って無死二、三塁とチャンスは広がった。

 ここで打順は8番のショーン・ギルバートに回り、梨田昌孝監督は代打・益田大介を起用。シーズン中から貴重な代打要員だった益田は落ち着いて四球を選んだ。これで近鉄は無死満塁の大チャンス。球場のボルテージは一気に上がった。

 3点差で無死満塁。本塁打なら逆転サヨナラ勝利とともにリーグ優勝の瞬間がやってくる。この緊張感の中で代打の〝やる気スイッチ〟をオンにした北川がいた。9番・古久保健二の打順で梨田監督は迷わず代打・北川を起用。2日前の24日、西武戦(大阪ドーム)では中村紀洋の逆転サヨナラ2ランにつなぐ、代打ソロを打っていた北川とあって大きな期待を寄せられた。

北川の一打で生還した(左から)吉岡、川口、益田
北川の一打で生還した(左から)吉岡、川口、益田

 1球目はストライク、2球目は右翼方向へのファウル。2球で追い込まれてしまった。野球ではノーアウト満塁は先頭打者で決まるなどと言われる。この場面を、梨田監督は「もちろん期待しているんですよ。でも、あんな場面で簡単に打てる選手なんてそうはいない。追い込まれて三振なら仕方がないが、無理に打って出てゲッツーだけはやめてくれよと思ってたね」と振り返る。そして3球目。北川は外角のボール球を見極めてカウント1ボール。2ストライクとなった。

「打ちにいった状態で、ボールや思ってバットが止まった。際どい球やったけどね。ボールと判定された瞬間、俺ってボール見えてるやんってなったんよ。急にゾーンに入ったっていうんかなあ、地に足が着いたというかね。打てるんちゃうかってスイッチが入ったですね」(北川)

北川に助言した真弓コーチ
北川に助言した真弓コーチ

 打席に入る前は弱気の北川もいた。「僕は併殺が多かったから、ここではあかんぞ」。その心中を見透かしたかのように真弓明信ヘッドコーチがそばに来て「思い切っていけ」と助言を送ってくれた。いろいろな要素がプラスの方向に全てつながって奇跡的な一発が飛び出した。

 4球目、外角へのスライダーを捉えた打球は左中間スタンドに到達。その瞬間、チームにとって12年ぶりのリーグ優勝、本人にとってももちろん、現在の日米球界を通じても唯一となる「代打逆転サヨナラ満塁優勝決定本塁打」となった。

 北川はファンの期待に応えられなかった阪神時代の苦悩を、近鉄では克服して期待される選手となった。01年の6本塁打は全て代打での一発。ヤクルトとの日本シリーズでチームは1勝4敗で日本一を逃したが、北川は全試合に出場し14打数7安打と存在感を示した。

リーグ優勝を果たし胴上げされる梨田監督(2001年9月26日)
リーグ優勝を果たし胴上げされる梨田監督(2001年9月26日)