2023年に新日本プロレスの木谷(高明)オーナーとの食事の席で社長就任を打診された俺は引き受けることを決断しました。(アントニオ)猪木さん、坂口(征二)さん、藤波(辰爾)さんに続く史上4人目の選手兼社長というのは本当に光栄な仕事です。

 ただ、話はそれだけでは終わりませんでした。食事が終わった頃に木谷さんから「現役はあと何年されますか」という話になったんです。決してアイコンやマスコットとしての社長ではなくて会社の経営、数字もちゃんと見られる職業としての「社長になってほしい」というのが木谷さんの思いでした。そのためには社長に専念する必要があるというわけですね。

 最初は「あと1年で社長業に専念してほしい」という話だったんです。でも1年では日本全国に「ありがとう」を伝えて回れるかと思ったら難しいなと思ったので、木谷さんに「すみません、あと2年やらせてください!」と。和やかな雰囲気ではありましたけど、キチンと自分の現役生活と向き合った上でゴールを決めた格好でした。

 そして自分の口からその言葉を発したのが、24年10月14日の両国国技館大会でした。この大会ではデビュー25周年記念試合(棚橋&海野翔太&エル・ファンタズモ対EVIL&高橋裕二郎&金丸義信)で勝利を収めた後のリング上で「いつまでも戦っていたい思いはありますが、棚橋のゴールを決めました。2026年1月4日、あと1年2か月全力で走ります」と、26年1・4東京ドーム大会での引退を発表したんです。

25周年記念試合後に引退を発表した棚橋弘至(24年10月)
25周年記念試合後に引退を発表した棚橋弘至(24年10月)

 1年2か月前だと早すぎると思う方もいるかもしれないですが、引退の発表のタイミングってどのくらいなんだろうって、全然分からなかったんですよ。でも「棚橋いなくなりますよ」「最後だから見に来てくださいね」って言いたいなと思ったんです。

 引退商法ではないんですけど、全国回ったとしても1回しか見られない土地に住んでいらっしゃる方もいるので。今も会場に来てくれてる方に感謝を伝えるのはもちろん「昔好きだったんだけど最近見てないな」とプロレスから離れてしまった方にも「棚橋が引退するんだ」というのをキッカケに会場に来ていただき「今の若い選手もいいね」と思ってもらえるようにしたかったんです。

 だから25年から「ファイナルロード」で「継(つなぐ)」と「縁(えにし)」と銘打ってきたんです。でも俺が本当につなぎたかったのは自分と誰かではなくて「ファンの方」と「今の選手」なんですよね。社長業と並行しての引退ロードは毎日がその場しのぎだったんですけど、今年は最後にG1クライマックスも出られて、本当に充実していたと思います。