オカダ(カズチカ)との抗争が続いている中でライバルの中邑(真輔)も独自路線で開眼していきました。2012年からIWGPインターコンチネンタル王座(IC)戦線で独特の存在感を放っていて、あえて棚橋と中邑が交わらないことで勝負している感覚でした。IWGPヘビー級王座戦線にいる中で、これは間接的に中邑と勝負だなと思っていました。

 ICは挑戦者もバラエティーに富んでいて、中邑にしかできない防衛ロードだったかな。11年ごろからクネクネしたんですが、中邑って背もあって柔軟性もあるので、ようやく自分の肉体にマッチした戦い方ができて解放されてきたのかなと見ていました。もともと持っていた芸術的なものだったり、言葉のセンスがプロレスに落とし込まれていましたね。

 そんな中邑と再び交わったのが、14年の1月4日東京ドーム大会でした。13年11月9日の大阪大会で、俺がICの次期挑戦者に指名されて久しぶりの対戦が実現することになったんです。

 タメができていたことで、中邑が言っていた「団体内のドリームカード」とファンの方からは見えたかもしれないですね。この試合はオカダと内藤(哲也)のIWGP戦とファン投票にかけられた結果、東京ドームのメインがIC戦に入れ替わってしまう事態に発展しました。IWGPヘビーはずっと大事にしてきたベルトだったので、複雑な気持ちで見てましたけどね。

 結果的にこの試合でICのベルトを奪取して2月9日広島大会でのリマッチも返り討ちにするんですが、4月6日両国大会で敗れて中邑に奪い返されてしまいました。ICは中邑の世界観のクセが強すぎて、飼いならせなかった印象ですね。

 中邑とは翌15年のG1クライマックス決勝戦で対戦したのが最後のシングルマッチになりました。俺が勝って8年ぶり2度目の優勝を果たしたんですが、中邑は16年の1月に退団して活躍の場をWWEに移しました。どの時点で米国に行くと決めていたのかは分からないけど、このG1の結果も彼にとって決断の要因になったんじゃないかなという気もしますね。

ハイフライフローで中邑真輔(下)からピンフォールを奪った棚橋弘至(上、15年8月)
ハイフライフローで中邑真輔(下)からピンフォールを奪った棚橋弘至(上、15年8月)

 棚橋と中邑って、お互いに「柔」の選手なんですよ。技を受ける中で切り返していく試合展開が多いので、対戦カードとして期待に添うような内容をなかなか残せていなくて…。でも15年はG1決勝という舞台の力を借りて、一つの完成形を見せられたのかなと自負してます。

 引退ロードの中での再会はかないませんでしたけど、改めて中邑というレスラーがいてくれてよかったって思えます。どちらが中心の新日本も見てみたい感じがあったと思うし、本当に時代を取り合った相手でしたね。