【平成球界裏面史 近鉄編133】平成16年(2004年)、近鉄最後のシーズンになってしまう秋、9月24日、大阪ドームで行われた西武とのホーム最終戦に岡本晃はベンチ入りしていた。
先発はベテランの高村祐。試合は接戦となった。近鉄が2回、藤井彰人の適時打で1点を先制するも、西武が3回に大島裕行、5回に野田浩輔のソロ2本で勝ち越す。
そして6回は2番手として西武・松坂大輔が志願の登板でマウンドに上がった。対する近鉄は4番・中村紀洋。松坂が初球149キロ、2球目150キロ、3球目149キロとオール直球で真っ向勝負で挑むと、対する中村は代名詞のフルスイングで対抗した。結果は二ゴロだった。フルスイングには〝猛牛魂〟が込められていた。
球団55年の歴史の中で数々の名場面を演出してきた〝いてまえ軍団〟。1点ビハインドで諦めるはずもない。近鉄は2番手でベテランの加藤伸一が6回を無失点。小池秀郎が7回を無失点に抑え、その裏に代打・川口憲史が犠飛を放ち同点に追い付いた。
そして8回、岡本晃がマウンドに上がった。1イニングを無失点に抑えると、福盛和男とつなぎ9回二死の場面でこの年限りで現役引退となる元守護神の赤堀元之が登板した。延長に入ると高木康成が2イニングを無失点に抑え、その裏の1死二塁から星野おさむが右翼線を破るサヨナラ適時打で3対2とゲームを制した。近鉄らしい劇的な結末で本拠地最後の試合を締めくくった。
近鉄ナインは勢いよくベンチから飛び出し歓喜の輪が二塁付近にでき上がった。順位を変わらなければ、合併する事実も変わらない。それでも近鉄ファンで埋まったスタンドは総立ち。拍手の渦がドームを占拠した。
その後、全選手がグラウンドに現れサインボールをスタンドに投げ入れながら場内を一周。近鉄の球団歌が流れた。猛牛ナインは目を潤ませ、ファンも号泣。サヨナラ勝利に歓喜する涙ではなかった事実がさびしさを浮き彫りにした。
岡本はシーズン終了後、近鉄とオリックス・ブルーウェーブの球団合併に伴う分配ドラフトを経て合併球団であるオリックス・バファローズと契約した。平成17年(05年)は合併の影響で選手層が厚くなったため、岡本の出番は減少した。
菊地原毅、加藤大輔、守護神・大久保勝信という勝ちパターンの継投が確立され、中継ぎ陣では萩原淳、歌藤達夫らが起用される場面が目立った。岡本の一軍登板はなくウエスタン・リーグでも打ち込まれるケースが目立った。岡本にとって公式戦最後の登板は近鉄本拠地での最終戦となった西武戦となってしまった。
シーズン終了後には合併球団のオリックス・バファローズから戦力外通告を受けた。12球団合同トライアウトにも参加はしたものの、獲得に手を挙げる球団は無かった。平成18年(06年)は欧州オランダのホーフトクラッセのADOに所属。平成19年(07年)からは米独立リーグカナディアン・アメリカン・リーグのナシュア・プライドの一員となることが決まった。「A―OK」(AKIRA―OKAMOTOにちなみ)と愛称もつき、MLB球団から視察されたが晴れ舞台は遠かった。そして同シーズン終了をもち現役を引退した。















