今季限りでの現役引退を決断した巨人・長野久義外野手(40)の引退会見が14日に都内のホテルで行われ、別れを惜しむ選手やコーチ、関係者らがサプライズで駆けつけ、その総勢は異例の53人に上った。誰からも愛された背番号7の人望を物語る幕引き。歴代の担当記者が「チョーさん」との思い出を振り返る。
【取材の裏側 現場ノート】誰からも愛される人柄は言わずもがな、長野は驚異的な記憶力の持ち主でもあった。記者が初めて対面したのは、長野が2022年に巨人に復帰して以降のこと。名刺を渡した際には「話は聞いてるよ、日大出身でしょ? よろしくね」と母校が同じであることを言いながら、笑顔を見せてくれた。
母校の憧れの先輩と言葉を交わせたことに喜びを覚えつつも、その後はなかなか取材するタイミングをつかめず、数か月が経過した。だが、24年の春季キャンプ中に、長野が登場する原稿を執筆した。当時プロ3年目を迎える萩尾が前年末に長野から「一緒に山ごもり(自主トレ)するか?」との誘いを受け、先輩の優しさに感激していた――という内容だった。
その原稿が掲載された日のことだった。練習中に長野が取材中の記者の背後にひっそりと現れ、尻をポンッと叩いて一言。「いいね!」と親指を立ててサムズアップポーズ。お礼を伝えようとしたが、忍者のような速さでいなくなり、そのまま雲隠れしてしまった。
数秒間のやりとりが数か月ぶりの会話らしい会話。その間には他社の若手記者や球界関係者など、星の数ほどいる「はじめまして」の人間からあいさつを受けている姿を見ていただけに「一介の記者なんかの顔までよく覚えているものだな」と大きな衝撃を受けた。
その後は「おう、日大」「日大はいい大学だからね」などと気さくに声をかけてくれるようになった。当時は何かと母校が世間を騒がせていた時期で返答に困ることもあったが、今となっては思い出の1ページとなっている。
これからは母校の偉大な先輩を見習いながら、長野のような立派な40歳になりたいと強く思っている。
(巨人担当・熊沢航平)













