【プロレス蔵出し写真館】アントニオ猪木があの人懐こい笑顔でたずねた。「1年ぶりですがお変わりないですか。なにか必要なものはありますか。ブルドーザーが足りない? わかりました」

 今から49年前の1975年(昭和50年)11月10日、猪木がブル1台プレゼントすることを約束して握手を交わしたのは小野田寛郎(おのだ・ひろお)さんだ。東スポの企画で対談して以来、約1年ぶりの再会だった。

 元陸軍少尉の小野田さんが一躍〝時の人〟となったのは前年の3月。太平洋戦争の終結を信じず、潜伏していたフィリピン・ルバング島から戦後30年たって救出された。日本に帰還したが、高度経済成長を遂げていた社会になじめず、半年後ブラジルへ移住して牧場経営を目指した。

 同年12月15日、猪木が〝第2の故郷〟ブラジルで〝大巨人〟アンドレ・ザ・ジャイアントとNWF世界ヘビー級王座防衛戦を行った際、小野田さんを会場のサンパウロ市コリンチャン・スタジアムに招いた。

 小野田さんは、迫力満点の攻防を写真に収めるなど堪能したようで、マスコミに「大変、面白かった」と感想を語った。

小野田さんが見た猪木vsアンドレ戦(1974年12月、ブラジル・サンパウロ)
小野田さんが見た猪木vsアンドレ戦(1974年12月、ブラジル・サンパウロ)

 2人の対談は翌日行われ、小野田さんは午前10時に猪木の宿泊していたサンパウロ・ヒルトンホテルにやって来た。正午の約束だったが、小野田さんは待ち切れなかったようだ。話し始めた2人は意気投合し、延々4時間、話は尽きなかった。一部抜粋――

 小野田 きのう見た試合が素晴らしくて、ゆうべは興奮して眠れませんでした。

 猪木 プロレスは初めてご覧になったんですか。

 小野田 ルバンから日本へ帰って1、2度テレビで見たことがありますが、本物を見たのは昨夜が初めてなんです。日本でテレビで見たときは〝何だこんなもの〟とあまり関心はなかったんですが、猪木さんの試合を見てこれは素晴らしいと思いました。私は2人の目を見て、これは猪木さんが勝つと思いましたね。猪木さんは自分で気がついているかどうかわかりませんが、戦っているとき実に厳しい目をしてます。

 猪木 私達は普通の人の10倍も20倍も体を鍛えているわけです。ひとつ間違ったら死と隣り合わせの危険な商売なんです。だから戦いに少しの油断もスキも許されない。私の目に厳しさがあるとしたら、そんな心が目に出ているんでしょうね。

 小野田 そういう勝負に対する心構えは共鳴できますね。私が昔、(陸軍)中野学校に入学したころを思い出しますね。私達も訓練が厳しかった…。私の場合はスポーツではない…戦争ですからね。精神的なたるみは自分自身の死を意味するだけではなく国家の存亡につながる、それは厳しいものでした。

 猪木 小野田さんはこちらに永住するんですか。もう日本には帰らないんですか。

 小野田 はい。日本には未練がありません。今年の3月、私が30年ぶりに帰った日本は日本ではなくなっていたんですよ。今の日本は心を失っています。精神的な美しさ、素晴らしさが失われて物質的なものに支配されています。私はそういう日本がいやで逃げ出したんです。

 当時、そう語っていた小野田さんだったが、ブラジルで牧場経営に成功すると、後に帰国して福島県塙町に「小野田自然塾」を開講したり、青少年の教育に尽力した。新日本プロレスの会場にも何度か訪れ、猪木を激励した。

 ところで、小野田さんの救出されたシーンはテレビで見た。「小野田少尉、ただいま帰りました」と、上官に敬礼する姿は衝撃的だった。グアム島で発見された陸軍軍曹、横井庄一さんとはずいぶん印象が違って見えた。戦死した戦友について質問が飛ぶと、「仲間がやられて、復讐を思わない者がいますか!」。まぶかにかぶった戦闘帽の下からのぞく眼光は鋭かった。

 小野田さんは残置諜者(敵の占領地内に残留して情報を収集する情報員)としてルバング島のジャングルに潜んだ。親兄弟が出向き「寛郎! 戦争は終わったぞぉ」。そうジャングルに向かって拡声器で呼びかけたが出て来なかった。

 直接の上官・谷口義美さんが出向き、拡声器で任務解除を伝え、ようやくジャングルから姿を現した。ボロ切れ同然の軍服は、30年の年月を思わせた。

 後年、小野田さんは「私は日本の現状をまったく知らなかったわけではない」と明かした。行動をともにした戦友がフィリピン軍の度重なる山狩りで戦死して、大がかりな「救出捜索」という名の〝討伐隊〟が残した日本の新聞や雑誌から、おおよその日本の状況はつかんでいたようだ。しかし、これらを米軍が日本兵をおびき出すため、巧妙に改ざんした謀略、宣伝工作だ、と信じて疑わなかったという。

 リアルに死と隣り合わせの経験をした小野田さんは猪木に魅了された。

 対談の最後に、「猪木さんの戦っているときの姿は美しいですよ。闘志の権化ですね。そういうあなたを見ていると昔からの友人のような、なつかしい気持ちになります」。小野田さんは、そう賛辞を贈った。

 今年8月15日、「終戦記念日」は戦後80年となった。戦争体験者は減少し、語り部もいなくなっていく(敬称略)。【プロレス蔵出し写真館】の記事をもっと見る