【昭和~平成スター列伝】柔道男子100キロ級で2021年東京五輪金メダルのウルフ・アロンが、新日本プロレスに入団した。金メダリストのプロレス転向は、日本人では史上初。大きな注目を集めるデビュー戦は、年間最大興行の来年1月4日東京ドーム大会に決定した。今からどんな大器ぶりを見せるのか、注目が集まっている。
新日本創成期において柔道出身の超大物といえば、やはり“世界の荒鷲”こと坂口征二(現相談役)だろう。明大から旭化成に進み、1965年全日本選手権優勝、世界選手権銅メダル。柔道界のエースとして期待されるも、66年にはメキシコ五輪で柔道が正式種目から外れることが決定。迷った末、プロレス転向を決意した。
67年2月に日本プロレス入団を発表すると、そのままジャイアント馬場と米国修行へ出発。カール・ゴッチの下で猛特訓を積んで同年8月5日にスティーブ・コバックとデビュー戦を行った後は全米を転戦した。69年4月に凱旋帰国。「ワールド大リーグ戦」参加で大人気を得てトップ勢に入ると、70年9月に4度目の渡米を果たし、デビュー3年目でNWA世界ヘビー級王者ドリー・ファンク・ジュニアへの初挑戦(70年10月15日=日本時間16日、アマリロ)が実現した。
「1本目、10分過ぎに坂口がラッシュ。フルスイングの水平打ちから地獄突き4連発。ドリーのコーナーではテリーが走り回る。坂口はドリーの腹へ右手でガッとストマッククロー。左手を添えて絞り続ける。七転八倒、約2分、王者はついにギブアップ。坂口は先制に成功した。2本目、ドリーは死に物狂いでエプロンから入ろうとする坂口を逆ネルソンから豪快なスープレックス。ズズーンと音を立てて沈んだ坂口はフォールされ、リードはフイになった。3本目、坂口はショルダーブロックから水平打ち。だがこの時、プロモーターのジェリー・コザックとドリー・ファンク・シニアが『坂口の空手は反則。今度やったら反則負け』とアピール。レフェリーを1人追加した。これに坂口はエキサイト。柔道殺法の払い腰、肩車、エアプレーンスピン。だがドリーも闘志全開でエルボースマッシュから逆ネルソン、坂口はリバーススープレックス。痛烈なショックを受けた。しかしドリーはドロップキックでコーナーにぶつけ、電撃的速さでクラッチホールド。無念の逆転負けで王座を逃した」(抜粋)
坂口は11月にもドリーに挑戦したが惜しくも60分引き分け。「王座奪取はならなかったが、うれしいこともあった。ドリーと堂々、引き分けたことでアマリロでの評価が急上昇したんだ」と振り返っている。
その後も日本で71年12月にアントニオ猪木の代役としてドリーに挑戦したが2―1で惜敗。これが最後のNWA挑戦となった。
その後は日プロ崩壊を経て73年4月には新日本に合流。圧倒的な実力と誰からも信頼される人間性で団体を支えた。坂口がいなければ今の新日本の隆盛もなかったはずだ。約50年前を思い出し、ウルフの活躍に最も期待を寄せているのは坂口かもしれない。(敬称略)












