【昭和~平成スター列伝】4月に復活した“伝説の不死鳥”新生ハヤブサは、デビュー戦で“弾丸男”田中将斗に勝利。その後は「火祭り2025」で初出場優勝を果たすなど、初代ハヤブサ(故江崎英治さん=FMW)に劣らない快進撃を続けている。7日にはゼロワンに入団すると、早速団体の現状を批判して、田中との抗争に火がつき始めている。
初代ハヤブサは多くのベルトを獲得したが、中でも特筆すべきは新崎人生とのコンビで全日本プロレスのアジアタッグ王座を獲得した一戦(1999年2月13日)だろう。くしくも御大ジャイアント馬場が亡くなってから2週間後のことだった。ハヤブサは馬場にかわいがられ、97年の初参戦から何かと目をかけられ、直接指導も受けていた。人柄に加え才能も認められていたのである。
ハヤブサ組は97年の「世界最強タッグ決定リーグ戦」に初参戦。2勝7敗に終わったが、ハヤブサは各団体での活躍が認められ東京スポーツ新聞社制定「プロレス大賞」敢闘賞を受賞。さらにインディ団体の選手が同王座を奪取するのはハヤブサ組が初の快挙となった。
「ハヤブサ、新崎人生組が13日の後楽園大会で泉田純、本田多聞組を破り第65代王者となった。試合後は感涙にむせんだハヤブサだったが、早くも王者としてベルトの価値を高める決意を固めた。
『できるならばみちのくやFMWで防衛戦をやってみたい。権威あるベルトですし、その名を汚さないように価値を高めていきたい』と語った。同王座はプロレスの祖・力道山や馬場さんも巻いた由緒あるベルト。しかも他団体流出は14年ぶり、しかもインディ出身の2人が獲得したことは、歴史的大事件といえる。防衛戦が行われれば沈滞気味のインディマットには何よりの起爆剤となる。全日本の現場責任者(当時)三沢光晴は『こちらから取り返しに行くというやり方もある』と他団体での防衛戦を認めており、問題はない。『インディの僕らが全日本のベルトを取ることができた。その名に恥じないようなチャンピオンになりたい』とハヤブサ。馬場さん亡き後、初の王座戦を制した2人がインディを再び熱くさせそうだ」(抜粋)
後にハヤブサは「本当に感激でしたよ。全日本に参戦していろんなことを学んだ。大きな財産になりました」と語っている。公約通りに初防衛戦ではFMWで田中、黒田哲広を退け初防衛を果たしたが、6月に高山善廣、大森隆男のノーフィアーに王座を奪われた。しかし偉業は歴史に刻まれる。新生ハヤブサはデビュー戦後に新崎と握手を交わしたが、時代を超えて新たな夢が生まれるかもしれない。 (敬称略)













