新日本プロレスジュニアの祭典「ベスト・オブ・ザ・スーパージュニア」22日大阪大会のBブロック公式戦で、MAO(28=DDT)が田口隆祐(46)から3勝目を挙げた。

 首から上を田口のタイツの中に入れられてしまったMAOだったが、その状態のまま立ち上がると岩沼市式スタイルズクラッシュで勝利。田口から「本物の変態がいたね…」と最上級の賛辞(?)を送られた。

 DDTからのBOSJ参戦は2014年大会のケニー・オメガ以来実に11年ぶり。その背景には15年8月のDDT両国大会での棚橋弘至の「横一線で見てもらったら困る」発言などを機に、両団体が疎遠になっていたことがある。

 まさにその事件が起きた大会でデビューを飾っていたのがMAOだった。「あそこから壁ができていって…高木(三四郎)さんも『打倒メジャー』みたいなスタンスになって、路上プロレスをあまりやらなくなったりとか。メジャーになろうとし始めたんで、DDTが。そこには違和感を感じてフラストレーションがたまっていたので、高木さんと抗争してたんですよ。僕が車でひいたあたりからDDTも我に返り始めたかなって」と、自団体の社長を自動車でひいて〝デタラメさ〟を取り戻したキャリアを振り返る。

 23年3月の「オールスター・ジュニアフェスティバル」を機に交流が再開され、ついに今年MAOも念願のBOSJに参戦。「その均衡を崩せたのは自分だし、そこにはプライド持ってやってます」と胸を張りつつ「穴を開けてくれたのはデスぺさん(エル・デスペラード)、(高橋)ヒロムさん。もうだいぶなくなってきたんで、壁が生まれた日にデビューしたMAOが責任を持ってそれを全部取っ払おうかなと」と宣言した。

 ケニー、飯伏幸太、KONOSUKE TAKESHITA(竹下幸之介)と多くのDDT出身レスラーが移籍、もしくは複数所属の形で新日本マットに移って来た。しかしMAOは「僕はあくまでDDTのMAOとしてずっと上がり続けたい。シリーズ終わってもスケジュール空いてそうだったらポンッで呼んでほしいくらいの。気付いたらハートリー・ジャクソンいるじゃないですか。あれくらいシレッといたいなって思いますね」と理想を明かす。

「お互いもっと気楽に貸し借りして交流できたらいいのになって。自称ですけどDDTの外交官になりたいなと。去年の11月にDEFYって米国の団体とコラボして大会した時も、自分が外交官としての役割を果たしたので。これを国内、新日本ともサクっとできたらかっこいいなと思いますね」。そのためにも初出場のBOSJでは内容と結果にこだわる必要がある。自由に、そしてひょうひょうとMAOが頂点の座を狙う。