阪神などで主力投手として活躍し、歴代3位の320勝を挙げた小山正明さんが18日に心不全のため死去した。90歳だった。1953年3月にテストで阪神入団。優れた制球力を誇り「投げる精密機械」として活躍した。阪神のリーグ優勝に貢献した62年は27勝11敗で、最高勝率と最多奪三振のタイトルを獲得するとともに沢村賞にも選ばれた。2001年には殿堂入りも果たしたレジェンド右腕との思い出を、本紙契約スポーツライター・楊枝秀基氏が悼んだ。
存在はもちろん子供の頃から存じ上げていた。虎のレジェンドであり、プロ野球歴代3位の320勝投手であることも。同じ兵庫県出身ということもあり、親近感もあった。しかし小山さんが引退された1973年が僕の生まれ年。年齢は39歳も離れている。実物の〝精密機械〟と初めてお会いした時点で、すでに70歳を超えられていた。
それでも、スラッとした長身で背筋は伸び肩幅の広さは半端ない。いつもおしゃれでカッコよかった。前職時代、勤務していた新聞社の専属評論家だったこともあり、球場でお会いした時にはいつも優しく接していただいた。社内でのゴルフコンペでは同組でラウンドさせていただいたこともあった。腕前は見事でドライバーショットは、フェアウエーのど真ん中。アイアンショットも確実にグリーンを捉えてきた。
中でも驚いたのは、バンカーショットを含めたショートゲームの技術だ。大きい体に見合わず見とれるほどに器用なウェッジさばきで、カップにビタビタと寄せてくる。ガードバンカーから絶妙なナイスアウトかつバックスピンでピン30センチにピタリ。思わず「ゴルフでも精密機械じゃないですか」と仰天すると「そんなことないよ。もうおじいちゃんやねんから。全く飛ばんしなあ」と笑っていた。
こちらは30代前半の若さで力任せのゴルフ。もちろん勝てるだなんて、大それたことは思っていなかった。善戦どころかレベルが違う。小山さんは涼しい顔で80台前半のスコアでホールアウトされた。
最後にご本人と顔を合わせたのは、2019年の春。神戸・三宮の某百貨店の地下食料品売り場だ。輸入食材が並べられたフロアで、棚の高さより大きい紳士の姿を見つけ「お変わりないですね」と声を掛けた。
すると「ほお、久しぶりやね。変わりあるよ。もう85歳やで。声も出づらくなったから解説の仕事もしてないよ」と元気に話されていた。続けて「それでゴルフはうまくなったんかいな」と僕の近況を気にしてくださった。
心配いりません。今もヘタクソですよ、小山さん。生前の御恩に感謝して合掌。
(楊枝秀基)













