自分だからこそできることがある――。陸上女子100メートル障害の日本記録保持者で2024年パリ五輪代表・福部真子(29=日本建設工業)は、同年12月に菊池病の発症を公表した。原因は不明だが、頸部リンパ節に良性の炎症が起きて熱が出る病気。特効薬がないため対症療法が中心で、20~30代の女性の発症例が多い。間もなく本格化するトラックシーズンに向けて、治療と練習を両立するハードラーが単独インタビューに応じ、葛藤を抱えながらも前に進む胸中を明かした。(インタビュー・中西崇太)

昨年6月、パリ五輪行きを決めて笑顔の福部
昨年6月、パリ五輪行きを決めて笑顔の福部

 ――現在の体の調子は

 福部 ちょっと疲れがたまった時とかに、37度台(の熱)は出ますね。あとは以前は出なかったけど、今は生理前とかの高体温期にも熱が出ますね。でも、練習は普通にやっちゃいます。風邪じゃないので(笑い)。アドレナリンもあるので練習中は大丈夫だけど、終わってからちょっとしんどくなるので、寝よみたいな感じですね(笑い)。

 ――オーバーワークに細心の注意を払っている

 福部(無理できないことは)しょうがないで済ますようにしていて、大ごとになる前に対処するみたいな感じですね。計画することがやっぱり大事で、39度の熱が出たりすると、ステロイドを飲んでも、3日間くらいは熱が下がらない。そうすると、ベッドレストが始まる。だったら質、量はそこまで上げられなくても、毎日ちょっとでも練習を続けていく方が優先順位としては高いですね。あの状態(39度の熱)になって、また一から(体を)つくり直すよりは、ちょっとずつでも毎日やる方が大事ですね。

 ――菊池病の公表に踏み切った理由は

 福部 本当に知られていない病気で、菊池病って調べただけでもなかなか出てこない。特効薬もなくて、みんなはどうだったんだろうというのがわからなかったのが不安でした。インスタグラムで調べた時に結構、菊池病にかかった人の体験談があって、こんな感じでみんな過ごしていたんだとか、治るんだとか、普通に過ごしている人もいるんだというのが支えになったので、私も何か発信することによって、誰かの助けになればいいなと思ったからです。

 ――公表には迷いもあった

 福部 アスリートとしてはやっぱり弱みを見せたくないし、嫌だな、隠したいという思いもありました。だけど、一人の人間として、アスリートが菊池病という例は全然なかったし、そもそもなかなか発見されにくい病気。例えば、熱が出ても治るから診断してもらえないケースも多いので、日常に潜んでいる病気なのかなとも思っています。もし私の体験談を見て、同じ症状だったら医者に伝えることもできるじゃないですか。それでステロイドを飲んだり、いろんな選択肢が広がったらなと思っています。

 ――公表したことによる難しさもある

 福部 じゃあ試合に出ますとなった時に、菊池病の福部さんが走るみたいな感じで、菊池病が先に出てくるだろうし、闘病中の頑張っている人みたいな感じにとらえる人もいるだろうし、もうクリアには見てもらえないんだろうなとは想像しています。負ける理由を先につくっちゃったみたいな感じもあるけど、自分の中ではしょうがないよねをつくらないと、やっていけないところも正直ありますし、気持ちの折り合いは難しいですね。

 ――それでもアジア記録(12秒44)の更新を目標に走り続ける

 福部 やっぱり走ること以外で自分が人の気持ちや心を動かせるとは思えないので、自分のやれることをやりたいです。元々パリ五輪が終わって、今後も続けていくと決めた時に、アジア記録を塗り替えることだけを目標にしました。12秒44は世界と戦うために必要な記録。世界大会で入賞、ファイナル(決勝)に残りたい気持ちもあるけど、それ(アジア記録)が達成できたら、必然的にいろんなものがついてくるじゃないですか。東京の世界選手権もアジア大会も出たいけど、出るんだったら戦いたいので、そこへの通過点になればいいなと思っています。

パリ五輪では準決勝まで進んだ
パリ五輪では準決勝まで進んだ

 ☆ふくべ・まこ 1995年10月28日生まれ。広島県出身。小学4年時に地元のジュニアチームで競技を始める。府中中3年時に全日本中学陸上選手権の四種競技で優勝。広島皆実高時代は全国高校総体の100メートル障害で3連覇を達成。2022年に日本選手権で初優勝を果たし、世界選手権に初出場した。23年は世界選手権の切符を逃すも、24年の日本選手権で2年ぶり2度目の優勝。同年のパリ五輪の切符をつかみ、準決勝進出を果たした。自己ベストの12秒69は日本記録。166センチ。