【昭和~平成スター列伝】全日本プロレス、春の祭典「チャンピオン・カーニバル」は、4月9日後楽園ホールで開幕する(決勝戦は5月18日大田区総合体育館)。今年はA、Bブロックに分かれて総勢18人が覇を競い合うが、例年になく若いメンバーが揃った。今年で第45回を迎えるカーニバルだが、実は1982年の第10回大会を最後に90年まで“封印”されていた期間があった。

場外でジャイアント馬場をイスで襲撃する超獣ブロディ
場外でジャイアント馬場をイスで襲撃する超獣ブロディ

 その間はNWA王者を招へいしてタイトル戦を中心とするシリーズに変更され「チャンピオン・カーニバル」の名称は残ったのだが、第1期最後のカーニバルで優勝したのが“世界の16文”ことジャイアント馬場だった。

 馬場はジャンボ鶴田、天龍源一郎、ブルーザー・ブロディ、ビル・ロビンソンらの強豪を相手に圧倒的な強さを発揮。ロビンソン、モンゴリアン・ストンパーと不覚にも引き分けただけの勝ち点25で、首位のブロディ(26点)との最終戦(82年4月16日、福岡)の最終戦に臨んだ。セミでは25点で同点の鶴田が天龍と引き分けており、メインの馬場対ブロディ戦の勝者が優勝という状況で決戦のゴングが鳴らされた。

「馬場が地獄の底からよみがえり7度目の優勝を手にした。開始は“超獣”ブロディがパンチ、キックとパワーでグイグイ押しまくる。馬場も16文キックに出るがスピードがない。しかしブロディは鉄柱攻撃で自滅し逆に額をザックリ切った。馬場はジャイアントチョップ、水平打ち、16文串刺しとたたみかけた。しかし血を見た超獣は逆にハッスル。ギロチン、アトミックドロップからエルボードロップ。間一髪でリング外に逃れる馬場。ブロディは机を鉄柱に立てかけゴツンゴツン。だがこの反動でジョー樋口レフェリーも机に。今度はイスで背中、胸、腹部といわず殴りつける。ここでサブレフェリーのルー・テーズが割って入るとブロディは右手を上げた。ここでテーズは反則の裁定を下し、ゴングを要請。馬場は辛くも命拾いで7度目の栄光に輝いた」(抜粋)

 何とか優勝を果たした馬場だが「これが最後の優勝かなという気持ちが強い」と試合後は厳しい表情を見せた。実際、これが馬場にとって最後のカーニバル参戦&優勝となった。

 カーニバルは91年から再開され、現在に至っている。中止期間中に中心選手は大きく様変わりし、90年には天龍源一郎らが大量離脱したため三沢光晴、小橋建太(当時健太)、川田利明、田上明の四天王を中心に激しいプロレスを展開して、90年代の全日本に黄金期をもたらした。

 今年はどんなドラマが待っているのか。参加選手の奮闘に期待したい。 (敬称略)