【モデルボクサー 高野人母美 9頭身ファイターの告白(18)】2017年10月6日、JBC(日本ボクシングコミッション)が新たに創設した日本女子バンタム級王座決定戦で吉田実代(EBISU K’s BOX)に判定負けしたのを最後に協栄ジムを辞めました。契約期間の3年を更新せず、JBCにも引退届を提出しました。
素晴らしい環境でボクシングをさせていただいた一方、業界で“常識”になっていた慣習になじめなかったことなど理由はいろいろありますが、その一つが金銭的なものです。ファイトマネーは20万円ほどだったと思います。チケットで支払われて、それを自分で売って現金化するわけです。ただ、その一部をジムに納めなければならないので、手元に残るのは十数万円になります。
チケットのことは、なんとか自分の中で納得させて我慢できましたが、自分が取ってきたスポンサーなのに、そのお金の半分くらいをジムに持っていかれ、不信感が募りました。それに相手選手の渡航費が“自己負担”だと言われたことも。「あり得ない」って思いましたね。
協栄ジムを辞めた後もボクシングを続けていた中、とんでもないお金を請求されたことがありました。18年にフィリピンで試合をしようとしたんですが、直前にJBCのライセンスが必要だと知りました。そのためには協栄に復帰するか、別のジムに所属するしかなかったのです。でも協栄ジムからは復帰を拒否され…。ならば移籍しかありませんよね。その時「移籍するなら500万円の支払いが必要」と言われたのです。辞めたジムに、なんで大金を払わなければいけないのか。残念ながら試合を行うことはできませんでした。
ちょっと話は前後しますが、そのころ(18年)から米国のロサンゼルスに拠点を移そうとしていました。六本木でイケイケだったころに知り合った方、確かDJだった人の息子さんが、ロスでアマチュアボクサーをやっていると聞いて「行こう」となったのですが、到着したらその方とは音信不通…。
途方に暮れるも、Facebookを頼りに現地のツテを探して日本人の方と知り合い、泊まる場所を確保。それから近くにボクシングジムがあるか聞いて、そこに押しかけて練習をお願いすると、あっさりOK。同じアジア人ということで、フィリピン人のトレーナーさんが指導を買って出てくれました。そのジムは、なんと世界6階級制覇王者マニー・パッキャオ(フィリピン)が拠点としていたワイルドカードジムだったのです。
この時はビザを取得するため、短期滞在で帰国し、その後に再び渡米するのですが、トラブルはボクシング関係に限りませんでした。













