【モデルボクサー 高野人母美 9頭身ファイターの告白(13)】2015年11月、初めての世界タイトルに挑戦しましたが、ダニエラ・ベルムデス(アルゼンチン)に4ラウンドでTKO負け。鼻骨まで折れてしまいました。そのとき自分の中で「引退」がよぎったというお話は前回にしましたが、周囲の期待を裏切りたくないという気持ちもあって再起の道を選びました。
ところが…でした。16年5月18日、自らの判断で引退宣言をしてしまったのです。この年の6月に再起戦として元韓国女子バンタム級王者・李恵林選手と56キロ契約のノンタイトル6回戦をやることが決まっていた中で「今回の試合でラストにしようと思っている。勝っても負けても楽しんで試合がしたい」という内容の話をみなさん(報道陣)の前で言いました。
やっぱり、そのときはモデルやタレントの仕事をしながら、ボクシングをやっていて、心身ともに、いっぱいいっぱいの状態でした。芸能活動ではマネジャーさんが付き、ボクシングはトレーナーさんの助けを借りてやっていましたけど、結局やるのは自分。ボクシングに関しては「これだけの収入しかないのに、大人たちに私は操られなきゃいけないんだろう」って思ったときに、自分が「ポンッ」とはじけてしまいました。
もちろんボクシングが好きで、自分がやりたいからやってきました。ただ、誰かに指図されてやるのは、正直な自分の気持ちとは「違う」と思うようになりました。それに芸能活動やボクシングの練習のほかにチケットを売るとか営業もしなければならないこともあって、睡眠時間も減っていく中で、ボクシングに集中できる時間がすごく短い気がしました。
体は練習に集中していても「頭の中は集中していない」と感じる瞬間もありました。ジムに3~5時間もいるのに「あれも、これもしないといけない」とか思ってしまい、余裕がなくなってました。それに「減量もしなきゃいけない。体形をどうやったら維持していけるのか」とかも考えてしまって追い詰められていきました。
それが引退発言につながったのですが、根回しは一切していません。当日は金平桂一郎会長が不在でしたが、それを知ると激怒します。試合は中止となり、エキシビションマッチに。16年5月27日には、金平会長の同席で引退発言を撤回する会見、つまり謝罪会見をやりました。6月6日の試合当日もリング上で「このたびは私の不用意な発言でいろいろな方に迷惑をかけて、すみませんでした」と謝り、改めて現役続行を宣言しました。
いろいろなことがありながらもプロボクサーとして活動していきましたが、次回から、お待ちかね(?)の計量パフォーマンスのお話をさせてもらいます。













