【キューティー鈴木・白い青春(15)】全日本女子プロレスが別格の存在だった1992年4月、所属するJWPが旗揚げしました。その後、LLPWも同じ年の8月に旗揚げし、女子の団体が増えて対抗戦ブームが来たんです。

 私は全く興味がなかったので、尾崎(魔弓)と(ダイナマイト)関西が全女の豊田真奈美、山田敏代と対抗戦(※1)をやることになって、セコンドに就いたんです。でも仲間たちが近くで戦う姿を見ていたら燃えてきちゃって。尾崎たちが負けたときは、悔しすぎてリングサイドで大号泣してしまい「団体として負けるわけにはいかない」って私の心にも火がついたんです。

 初出場したのは93年4月の夢のオールスター戦(横浜アリーナ)でした。尾崎と組んで井上貴子さん、井上京子さんのW井上と戦いました。貴子さんとの「アイドル対決」って言われていたようですけど、興味がなかったから会見でも握手を断った気がします。貴子さんとは年齢は同じだけど、私の方が1つ先輩。実は私が芸能のお仕事を始めたころに友人を介して食事に行ったことがあったんです。貴子さんは芸能の仕事に興味があってプロレスとの両立について聞かれたような…。貴子さんは美意識が高くて見せ方もうまい。全女で絶対勝ち抜いてやるみたいな気持ちが強い人だなと思ってましたね。

井上貴(下)をキャメルクラッチで絞り上げた(93年8月)
井上貴(下)をキャメルクラッチで絞り上げた(93年8月)

 貴子さんとは、その後に何度も戦って、93年8月の日本武道館で初シングルをやったんです。貴子さんから「勝った方が夏のヒロインね」って。「私が絶対ヒロインになる」って思ってたのに負けてしまって、その称号は奪われたんです。あれはめちゃくちゃ悔しくて今でも忘れられない。でも翌年の有明コロシアムでのシングルで勝ったので1勝1敗ですね。

 その後の憧夢超女大戦(※2)ではタッグを組んで工藤めぐみさん、福岡晶と対戦しました。入場のときに貴子さんと風船の中に入れられて「爆発しても絶対に驚かないで入場してください」ってスタッフに言われたけど、本番で不発。気まずかったですね。それに試合で戦った4人とも「なんでこの人たちと組んで戦わなきゃいけないの?」みたいな空気で。試合が始まっても「自分が一番目立ってやる!」っていう意地がすごくて、女たちのガチな思いがぶつかり合った激しい試合だったような…。福岡を含めて誰も試合内容に納得がいってない感じがしました。

 でも対抗戦で普段戦わない選手と試合をする楽しさを知ったし、学びも多かったです。それに中学生のときに憧れていたあの人とも戦えるなんて思ってもなかったな。それはまた次の回でお話ししますね。

※1 92年11月の全女の川崎大会でJWPが初めて対抗戦に参加した。

※2 94年11月20日、東京ドームで行われた対抗戦。