【天龍源一郎 vs レジェンド対談「龍魂激論」前編】ミスタープロレスこと天龍源一郎(74)がホスト役を務める連載「龍魂激論」で永遠のライバルで盟友の元PWF会長スタン・ハンセン氏(74)との巨頭対談が実現した。数多くの激闘を展開した両雄は約7年ぶりに対面。前編ではもはや伝説となっている1988年3月秋田の「ハンセン失神事件」について当事者同士が真相を語り合った。
ハンセン 久しぶり。元気そうで本当に安心したよ。
天龍 ありがとう。7年ぶりか。スタンがまぶしく見えるよ。何しろ東スポが俺の死亡記事を手ぐすね引いて待ってるからね。あと200年は生きてやるよ、このヤロー。
――……。常に一線を越える戦いを続けていましたが、なぜあそこまで
天龍 俺が聞きたいよ。
ハンセン テンルーもジャンボ(鶴田)も全力でぶつかってくる。こっちも同じように仕掛けなければ置いていかれる。ミスター・ババも好きにやらせてくれた。だから全部ハードな試合になったと思う。
天龍 このヤローと思って戦っていた。ラリアートに限らず、すべての攻撃がタフでハードだった。だから後に誰が見ても「天龍の試合はハードだ」とスタンから受け継がれた部分はありますよ。
――一番印象に残る試合は
ハンセン 私がテンルーに顔面を蹴られて意識を失った試合だね(88年3月5日秋田市立体育館、天龍、阿修羅原組対ハンセン、テリー・ゴディ組)。失神したのはあれが最初で最後だと思う。ほんの数秒間だけ意識を失った気がして、気付いたらクレイジーになってブチ切れてしまった。何人も完全KOしたが、完全KOされた記憶は他にない。
――実際は約1分間近く失神して、その後は狂ったように大暴れした
天龍 あれはね、俺と原がサンドイッチラリアートをかました後にサンドイッチ延髄に行ったんだ。通常は俺が後頭部、原が顔面なんだけど、あの時はたまたま俺が前に立った。スタンは相手の位置が違うから、背後から原のラリアートが来ると思って、顔を少し上げて背後を見ようと動いた瞬間、俺の蹴りがアゴにモロにカウンターで入って、スタンはそのままズドーンと背後に倒れてしまった。蹴った俺も足の甲を痛めて動けなくなった。場外に逃げたんだけど、原がフォールに入ったらゴディがカットして、後はグチャグチャの場外乱闘だ。
――その後、意識を戻したハンセンさんは場外にトペで飛び出し、イスや張り手、パンチで天龍さんをボコボコにして、あたりかまわず暴れ回った
天龍 手がつけられなかったね。両者リングアウトになって控室に戻ったら(ザ・グレート)カブキさんが「ハンセンが探してる。逃げろ!」って。もうその時点でレスラーからマスコミまであらゆる控室は空っぽ。俺と原は荷物を持って窓から逃げ出しましたよ。
――空っぽの控室を次から次へと荒れ狂ったハンセンさんが天龍さんを探し回った。怖い…
天龍 当時、天龍同盟は外国人選手と同じ宿舎だったから、タクシーで戻って急いでチェックアウトして他のホテルに移った。それほどの荒れようだった。
ハンセン 意識が戻った後はカブキが「落ちつけ!」と必死に制止してくれたけど、それでも怒りは収まらなかったんだ。今でも恨みに思ってるけどね(笑い)。
天龍 結局、馬場さんが話をつけてくれて4日後(9日)横浜文化体育館でダブルタイトル戦(PWF王者ハンセン、UN王者天龍)を組んでくれたんだけど、またケンカまがいのファイトだ。俺は勝ったんだけど頭にきてスタンの控室に殴り込んだら、逆にボコボコに殴られて廊下に放り捨てられたよ。
――その後も潰し合いのケンカ試合が続くも、翌89年には“龍艦砲”でタッグを結成する
天龍「これ以上やったら全日本のプロレスじゃなくなる」というジャイアント馬場さんの判断だったんだ。















