【取材の裏側 現場ノート】プロレスラーの吉江豊さんが、10日に50歳で急死した。新日本プロレス時代から明るいキャラクターで、笑みを絶やさない人柄。その早すぎる死には、多くの関係者が言葉を失った。

 吉江さんにはこんな思い出がある。新日本が各地でドーム興行を開催していた当時のこと。メディアや団体関係者らと一緒に食事に出かけたが、〝二次会〟ではゲームセンターでパンチングマシンに興じた。腕自慢のメディア関係者らが100キロ超えの数値を叩き出す中で、すっかり酔っていた記者らにうながされて吉江さんも挑戦した。ところが…吉江さんは100キロに大きく届かず、何と最下位だったのだ。

 それでも弁解することなく、ニコニコ笑っていただけ。もちろん、パワーが売りのプロレスラーがゲームセンターで酔っ払いを相手に本気を出すわけがない。場の雰囲気を壊さないように〝ネタ〟を提供してくれたことは十分わかった。

巨体を生かし?コミカルな取材にも応じてくれた(2005年)
巨体を生かし?コミカルな取材にも応じてくれた(2005年)

 それから何年かしてインディ団体の会場で、吉江さんに会った。ガチガチのパワーファイターだった新日本時代とは打って変わって、ピンクのコスチュームに身を包み、コミカルなファイトを展開していたのには驚いた記憶がある。吉江さんにそのことを伝えると「フリーなんだから、いろいろ自分を売っていかないといけないんですよ」と真顔で答えてくれた。

 笑顔の裏にあったプロ魂。「ドラディション」のエースとしても活躍した吉江さんのご冥福をお祈りいたします。(プロレス担当・初山潤一)